鉄砲玉の美学

鉄砲玉の美学 (1973)

鉄砲玉の美学  

血の気が多くて、クソ度胸があって、できるだけドでかい音をたててハジけるヤツ!

関西を拠点にする広域暴力団・天祐会は、九州へ新たに進出すべく、血気盛んなチンピラを鉄砲玉として宮崎へ送り込むことを計画。近ごろ不運続きの冴えないチンピラ・小池清が、その役を割り振られることに。拳銃とともに100万円もの大金を渡された清は、宮崎の繁華街に単身乗り込んで派手に暴れ回るが、地元の暴力団組織は、しばらく彼の様子を静観。それをいいことに、清は本来の役目も忘れて大いにはしゃぎまわるのだが…。

公開日
1973-02-10
TMDB
7.0 / 10 (2)
上映時間(分)
1時間40分
ジャンル
犯罪, アクション
監督
中島貞夫

キャスト

豆知識

『鉄砲玉の美学』(てっぽうだまのびがく)は、1973年の日本映画。渡瀬恒彦主演、中島貞夫監督。

製作

企画は中島貞夫。中島が1995年までに自身で企画した5本のうちの1本。タイトルも中島の命名で「数少ない私のタイトル命名」と中島は話している。ATGから話が来たのがいつだったか覚えてないと話しているが、『セックスドキュメント エロスの女王』より先に完成し、さらに準備ももっと早い時期から始めていたという。中島としてはそれまで意に沿わないタイトル(題名)がいっぱいあり(全て岡田茂東映社長の命名)、企画がやくざ映画でありながら、派手なアクションもなければ抗争場面もないから、東映で岡田社長にシナリオを提出しても「何やこれ!」と一喝されるに間違いなく、大きく方向を変えられるから不自由で、それなら金の問題よりの東映外で自由にやりたいとATGからのオファーを受けた。中島は「東映調のやくざを英雄視した作品ではなく、社会からドロップアウトした人間を追い、その中から人間性を描きたい」と決意を述べた。当時のマスメディアから「やくざ映画にも"芸術やくざ映画"なるジャンルが現れた。

しかしATGからの製作費の提示は1000万円。当時のATGの製作費は1000万円と決まっており、「1000万円映画」と呼んでいた。それではどう考えても足らないから、当時の東映営業部長・鈴木常承に頼みに行ったら「ATGの後、二番館以降、東映に(配給を)持って来るなら少し足してもいい」と言われ、鈴木の提示は300万円で、あまり足しにならないため、更に東映と交渉を続け、東映から1400万円を引き出した。東映から「東映の名前は一切出さない」という条件を言われたため、映画の製作会社を作らなければならなくなり、中島と菅原文太と鈴木則文、天尾完次、掛札昌裕、金子武郎の6人で白楊社という会社を作った。経理が出来る者はいないため、東映の経理に全部頼んで会社を作ってもらった。この作業にかなりの時間を喰った。製作費は東映が1400万円、ATGが1000万円。東映の役者がたくさん出ているのはこうした事情によるもの。東映とATGの提携作といえる。著作権は東映が持つ。

ATGから中島に「やくざ映画をやってくれませんか」と要望が出された。ATGから声がかかった理由について中島は「やっぱりATGも商売したかったんじゃないですか」と話している。中島は東映任侠路線に大きく関わった人ではないが、ATGからの要請に応え、脚本の野上龍雄と1971年の『現代やくざ 血桜三兄弟』で小池朝雄が演じた川島譲次のイメージを拡大させた。渡瀬恒彦演じる鉄砲玉の役名が小池清で、敵対するヤクザ役に小池朝雄が出ているのはこのため。週刊誌で読んだ絶対大きくならないウサギと嘘をついて売るテキヤの男と、親分への義理のためではなく、自身の快楽のため、たった100万円で鉄砲玉を引き受ける男というイメージを膨らませて脚本を書いた。

中島がATGで映画を撮ると噂が流れると東映の役者が出演を希望し、東映の番線映画に近いキャストになった。前述のように東映が金をたくさん出しているため、これが実現したもので、ATGの単独映画なら東映もフリーの監督のためにスタッフも役者も貸さない。製作費節減のため、宮崎県都城市のホテルとタイアップし、20日間、大部屋一つにスタッフ・役者が一緒に寝泊まりして撮影した。中島と仲のいい渡瀬恒彦は自ら出演を志願し、ノーギャラでいいと申し出たが、結局、自身の愛車・フェアレディZを撮影用に提供するという条件で20万円で出演した(劇中、杉本美樹が乗る車)。川谷拓三らも渡瀬の出演を聞きつけ出演を希望した。中島は「渡瀬が最初に手を挙げてくれなかったら、全然違うキャストになっていたかもしれない」と述べている。中島は自分の監督料も取れないほど製作費が底を付いたと話している。

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