首都高速トライアル

首都高速トライアル (1988)

激走! 首都高速13.9kmへの挑戦。

レーサー志望の走り屋・六雄は、スカイラインRSで現役F1レーサーが持つ首都高7区間の記録に挑戦していた。六雄にとってそれはプロの資格を試すための男のけじめ。残るは首都高環状線ただ一つ。だが、首都高を制すにはマシンとテクニックのほか運も必要で…。

公開日
1988-11-26
TMDB
10.0 / 10 (2)
上映時間(分)
1時間35分
ジャンル
ドラマ, アクション
監督
金澤克次
シリーズ
Freeway Speedway Collection

キャスト

豆知識

『首都高速トライアル』(しゅとこうそくトライアル)は、1980年代後半から1990年代にかけて製作された、首都高速道路を舞台とした走り屋を題材にした映画とオリジナルビデオ(OV)シリーズ。第一作のみ映画として劇場公開。この劇場版はヒットしなかったが、オリジナルビデオ(OV)が大ヒットし、二作目以降は劇場公開のないオリジナルビデオ(OV)として発売され、全6作が作られた。英語名は「Freeway Speedway - Megalopolis Express Way Trial」(旧パッケージ版)、「Tokyo Speedway」(新パッケージ版)。

製作

にっかつは1988年4月14日に東京プリンスホテルで記者会見を開き、17年間続けたロマンポルノを打ち切り「ROPPONICA ロッポニカ」のネーミングで一般映画指向で映画を製作配給すると発表。この時1988年7月ー10月までと以降の予定作を含め計12本が紹介されたが、本作はこの時アナウンスされなかった。『シティロード』1988年7月号に出演者未定の予定作として本作が紹介され、この時は『リボルバー』との併映で、「ロッポニカ」第八弾の予定だった。ところが「ロッポニカ」は不入り番組が相次ぎ、ロマンポルノの旧作に変更する劇場が増え、他予定作の中止や延期があり、本作は「ロッポニカ」第五弾になった。封切時の『シティロード』には「交通関係当局の無理解の成果、邦画ではなかなか本格派の公道レーシング映画が生まれないが、このジンクスにチャレンジしたその意気はよし」などと書かれている。

主役鹿月六雄を演じる大鶴義丹は当時19歳。16歳からモトクロスをやっており、四輪は持ってはいなかったが運転はしていた。運転の上手い人という条件があり、ある程度自信があったことからオーディションに参加した。撮影は1か月ぐらいだったが、現場は今にいうパワハラの連続だったと大鶴は述べている。大鶴が運転するインカ―の絵とタカハシレーシングの駆るシーンを合成したのではなく、全て大鶴自身で運転した映像。GoProもない時代で、全体は35ミリながら、当時の16ミリの大きなカメラを助手席に積み、音声の機械も後部座席にあり、大鶴が自身でカメラのスイッチを入れ撮影をスタートさせた。助手席側の上や下から大鶴の表情を捉えたカットや、後部座席から運転席を舐めて前方を映すカット、車のトランクの上辺りから走行中の車の側面を捉えたカットなどがあり、何度もカメラ位置を変えて撮影したものと見られる。大鶴の車の前後をスタントの車が挟み、無線で車線変更などの指示が送られた。

小説家の滝川杏奴は当時22歳で日活の宣伝ウーマンをやっていて、大鶴、的場浩司とも試写会で女の子ファンにもみくちゃにされたと述べている。金澤克次監督は、日活ロマンポルノの最終作・竹田ゆかり主演の『ラブ・ゲームは終わらない』で監督デビューし、本作が2作目。監督の趣味なのか、機関車の走行音を何度も入れる。大鶴・岡安由美子・坂井徹の関係は脚本・斉藤猛が日本映画でもしばしばモチーフにされる『冒険者たち』を意識したのではないかと滝川杏奴は述べている。

劇場公開の本作はヒットせず、大鶴は「映画デビュー作が不入りなのは淋しいなあ」と思っていたらビデオが記録的にヒットし、二作目はオリジナルビデオ「にっかつビデオフィーチャー」として製作が決まった。

当初の車輌は設定上TD07タービン搭載のフルチューニング車輌(実際にはさらに上のTD08タービンを搭載)。チューニングはTBOが担当。この車輌は岡安由美子扮する六雄の彼女が首都高アタックをした際に事故、大破してしまう。

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