第三次世界大戦 四十一時間の恐怖

第三次世界大戦 四十一時間の恐怖 (1960)

第三次世界大戦 四十一時間の恐怖

これは夢ではない!! 全世界を滅亡させる水爆戦への一大警鐘だ!!

十五年前広島に投下された原子爆弾の記録映画を見た、美栄、彰二、茂夫、信彦達高校生は慄然とした。原水爆の恐怖は彼らを日本脱出の冒険にかりたてたが、途中台風に襲われた一行は下田沖で辛うじて救助された。若い新聞記者正木には看護婦の知子という恋人がいた。結婚を語り合う二人に、ニュースは、韓国上空で米軍輸送機が突如核爆発を起したことを告げた。韓国はこれを三十八度線を越えるためのアメリカの挑発行為だと主張した。第三次世界大戦の導火線は点火した。正木は取材にとび出した。国連は急拠安保理事会を開いた…。

公開日
1960-10-19
TMDB
7.2 / 10 (4)
上映時間(分)
1時間17分
ジャンル
サイエンスフィクション, ドラマ
監督
日高繁明, ウィリアム・ロス

キャスト

豆知識

『第三次世界大戦 四十一時間の恐怖』 は、1960年(昭和35年)10月19日に公開された日本映画。製作は東映、配給は第二東映。監督は日高繁明。

制作

本作品は雑誌『週刊新潮』1960年6月13日号(新潮社)に掲載された特集記事「第三次世界大戦の41時間」を原案としているため、原案の表記は「週刊新潮編集部」とされているが、同記事は軍事評論家である林克也の口述を元に制作されていたため、林と編集部との間で著作権係争となった。

同時期に東宝では、林の著書『恐怖を作る人々』(講談社、1958年)や林も参加した雑誌『週刊読売』1960年2月21日号(読売新聞社)に掲載された特集記事「私たちの滅亡する時」などに着想を得て、映画『第三次世界大戦(第三次世界大戦 東京最後の日)』の製作を進めていたが、本作品との類似を指摘されて制作中止となった。結果として制作延期を経た同企画はスタッフや内容を一新し、『世界大戦争』として制作された。

『世界大戦争』に比べると特撮の比率は少ないが、当時の東映で社長を務めていた大川博のもとで発足したばかりの小西昌三が率いる特殊技術課が、特撮監督を務めた矢島信男のもとでラストのミニチュア特撮に注力している。

なお、映画評論家の佐藤利明によれば、国会議事堂の爆破シーンは1961年の映画『宇宙快速船』(ニュー東映)にも流用されたという。

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