夢 (1990)
過去、現在、未来―。いま時を超え、驚きに満ちた世界が拡がる。
黒澤明監督自身が見た夢をベースに、時に美しく、時に残酷な8つの物語がオムニバス形式でつづられ、豊潤なイメージ世界が描かれる作品。きつねの嫁入りを見た少年の話「日照り雨」。花吹雪の中、人形たちが舞い踊る「桃畑」。戦争で生き残った男が体験する不可思議な物語「トンネル」。ゴッホが絵画の世界に入り込んだ「鴉(からす)」。原発の恐怖を描いた「赤富士」など、8つの物語が、時に美しく、時に残酷にオムニバス形式でつづられていく。黒澤監督の豊潤なイメージ世界を堪能できる作品。
キャスト
- 寺尾聰 — I
- 倍賞美津子 — Mother of 'I'
- 根岸季衣 — Mother carrying child
- 原田美枝子 — The Snow Fairy
- 伊崎充則 — Young I
- Toshihiko Nakano — Child I
- 頭師佳孝 — Pvt. Noguchi
- 井川比佐志 — Nuclear Plant Worker
- いかりや長介 — Crying Demon
- 笠智衆 — Old Man
- マーティン・スコセッシ — Vincent Van Gogh
- 油井昌由樹 — Member of Climbing Team
豆知識
- 製作費:¥15億
『夢』 は、1990年に公開された日米合作映画である。監督は黒澤明。製作は黒澤プロダクション。上映時間は121分。
製作
1986年6月、黒澤明は御殿場の別荘で『こんな夢を見た』(のちに題名を『夢』に変更)という脚本の執筆を開始し、7月には第一稿を完成させた。これまで黒澤は数人の脚本家と共同執筆していたが、本作品は戦前期以来の単独脚本作となった。当初は11話のエピソードが書かれていたが、予算削減のため「阿修羅」「飛ぶ」「素晴らしい夢」の3話は割愛され、脚本も書き直された。このうち「阿修羅」は、奈良・興福寺の阿修羅像が巨大化し、拝観料を横領する坊主を退治するという内容であった。
前作『乱』(1985年)が興行的に失敗したこともあり、本作品も国内での資金調達は難航した。1986年10月に『太陽の帝国』のキャスティングで来日したスティーヴン・スピルバーグは黒澤と会談し、そこで本作品の資金についての話題が上がり、スピルバーグは製作協力を約束した。1988年5月8日に黒澤たちは資金交渉のため渡米し、スピルバーグが『太陽の帝国』の製作配給会社であるワーナー・ブラザースに掛け合ったことで契約を取り付け、5月26日に同社が世界配給権を購入したことが発表された。実際にはネガティブ・ピックアップの契約で、ワーナーは予算1,200万ドルで製作予定の本作品を完成したら買い取るが、製作費を出すわけではなく、アメリカに拠点があるクロサワ・エンタープライズUSAがカリフォルニアの銀行から固定金利融資を受けた。
1989年1月10日、東宝撮影所で雛祭りの場面から撮影開始した。特殊効果にはジョージ・ルーカスのILMが参加協力し、3月にそのスタッフが参加して「赤冨士」の富士山が爆発する場面と、「日照り雨」の虹のクライマックス場面が御殿場市で撮影された。富士山の爆発シーンには1,300人のエキストラが参加した。4月に「日照り雨」の門の場面が撮影されたが、この門構えの家は黒澤の生家を再現したものである。8月12日に『グッドフェローズ』を監督中のマーティン・スコセッシがゴッホ役を演じるため来日し、8月15日まで北海道女満別町の麦畑でのロケに参加した。彼が出演する「鴉」に登場するゴッホの絵画は、抽象画家の濱田嘉が模写したものに、黒澤が絵の具の盛り上がりを強調するために加筆したものである。「カラスのいる麦畑」の場面では、カラスが一斉に飛び立つところを撮影するため、網走や美幌などで250羽のカラスを集め、それを半分ずつ飛ばして2回本番で撮影した。この場面は特殊合成用のハイビジョンカメラを使用した。
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