夜遊びの帝王

夜遊びの帝王 (1970)

1970 Toei movie.

公開日
1970-07-07
TMDB
5.5 / 10 (2)
上映時間(分)
1時間28分
ジャンル
ドラマ
監督
齋藤武市

キャスト

豆知識

『夜遊びの帝王』(よあそびのていおう)は、1970年公開の日本映画。製作:東映東京撮影所、配給:東映。

製作

松竹大船時代に助監督として小津安二郎監督の『東京物語』などに就き、日活移籍後は監督として「渡り鳥シリーズ」や『愛と死をみつめて#映画』を大ヒットさせた斎藤武市が、1970年に東映移籍後の初監督作。タイトルからは想像し辛いが『キネマ旬報』1970年7月下旬号の「日本映画紹介」には「従来の梅宮ものとは異なり、純愛色の強いものとなっている」と書かれている。

梅宮は1972年3月にクラウディア・ヴィクトリアと再婚し、キッパリ女遊びをやめたが、それまでは毎晩のように銀座のネオン街に繰り出し「夜の帝王」を自任していた。

山城新伍は「不良番長シリーズ」第4作『不良番長 送り狼』の監督・内藤誠に誘われ、自身も所属した東映京都撮影所では出番が少ないとそのまま東映東京撮影所に居ついたものだが、梅宮は「山城と付き合いがより深まったのは、コンビを組んだ“帝王シリーズ“から」と述べている。

宣伝のため、梅宮の相手を務めるホステスをオーディションで募集。40人の募集があったが、お目当て銀座のホステスは一人も来ず、新宿と渋谷のホステス12人を採用した。この中で最もマスメディアに取り上げられたのが幾代役の山本マミで、山本は日劇ミュージックホールに出ていた鵬アリサがママを務める新宿のゴーゴークラブ「マキシム」の現役ホステス兼ダンサーだった。本作の好演が認められ『不良番長 出たとこ勝負』にも出演したが、「店の宣伝になると思って出ただけよ。オッパイ出してベッドシーンもやらされちゃったの。そりゃ私だって有名になりたいけど、一週間も撮影に取られてギャラはたったの二万五千円。映画女優って割が合わない商売ね」などと不平を述べた。

また、梅宮も「ボクの主演映画はご存知のように不良性感度の高いものばかりですから、相手をする女優が、あとでテレビ出演に響くといい顔しないんです。となれば、ボク自身が出かけて行って捜してこなければならない。捜すなら、勝手知ったるネオン街が手っ取り早い。銀座のクラブには女優より美しいコがゴロゴロしていますから」とタレントのスカウトに自ら乗り出した。梅宮の実弟は銀座のナンバーワンスカウトと言われた人で、梅宮は銀座のクラブホステスを実際にスカウトし、友人の上条英男の事務所「ジュエム・カンパニー」(後に「サンズ・カンパニー」)に預けた。梅宮がスカウトしたホステスで最も売れたのが五十嵐じゅん(五十嵐淳子)。

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