キッドナップ・ブルース

キッドナップ・ブルース (1982)

A man and a little girl meet in a bicycle parking in Tokyo. The little girl says she wants to watch the sea, and their travel begins. The man does not intend to be a kidnapper – he asks the girl to phone her mother and tell her she's with him. During their trip they meet various people, but they always must continue on, lest the man be arrested.

公開日
1982-10-09
TMDB
7.3 / 10 (3)
上映時間(分)
1時間34分
ジャンル
犯罪, ドラマ
監督
浅井慎平

キャスト

豆知識

『キッドナップ・ブルース』 は、1982年(昭和57年)10月9日に公開されたタモリ(タモリ一義名義)主演・浅井慎平監督・脚本、撮影、照明による日本のロードムービー。

製作

1981年の始めに製作費1,000万映画で有名なATGが、「今、1000万円で何が可能か?」を探るべく、「もう一度1,000万映画」というコンセプトで、1981年の1,000万映画として、『ガキ帝国』『九月の冗談クラブバンド』『生きてゐる小平次』『近頃なぜかチャールストン』(全て発表時のタイトル)とともに5本のうちの1本として製作発表があった。このとき発表されたタイトルは『KID NAPING BLUES(誘拐の唄)』で、「誘拐事件を借りて現代を生きるということの意味を問う」と説明があった。また5本はいずれも東京ではシネマ・プラセットで公開すると発表された。本業カメラマンの浅井慎平の映画進出に「素人のくせに何を始めるんだ」と言う者もいた。1980年前後に名のある素人の映画進出が流行になっていた。

1981年(昭和56年)10月の文献には「5~6年前に実際に起こった事件を主題に、二人の珍道中が描かれます。1981年(昭和56年)12月にアップするが、公開は来年か?」と書かれている。この事件は神奈川県川崎市で起きた事件で、中年男がカギっ子の女の子を連れて自転車で旅をしたという本作のプロットそのまま。この事件は女の子が帰って来たのは一年後で、中年男にも女の子にも誘拐という意識が全くなく、映画を作るならこの事件を取り上げたいと浅井は考えたという。タモリはノーギャラ。浅井慎平との付き合いの延長として出演した。タモリは出演にあたり、「(自分は)いつダメになるか、もうオチメだろうって、ずっーと思っているけど、忙しくなるばっかりで、でもいい友だちがいたので助けられたんですね」と話した。

浅井慎平は元々、大学時代に映研にいて毎日映画のことばかり考えていたという映画青年。テレビや音楽の抬頭に比べて、特に邦画がいつまでも古い形式にあることが不満だった等と述べ、一般的に映画は台詞とか、ある動きが中心になって進められていくため、そこに出てくる人物をとり囲む風景については見捨てられてきた、そこにある空気というか光というか状況というかそういい物を渾然一体となってドラマを作っていかなければ映画じゃないという発想の元に製作した、と写真家らしい発言をした。製作費1,000万という非常に悪い条件のため、シナリオの原型を友だちに読んでもらい、友だちに出てもらった。川谷拓三のように「是非出たい!」と言ってくれた人は、逆に話をその人に合わせて考えた。仲間うち映画に不快感を表明する人もいた。また主役のタモリに寄りかかった映画を作る気はなく、タモリが得意でない"受けの芝居"をしてくれるように頼んだ。

登場人物各々の、虚像と実像のほんの僅かなズレを感じさせることも一つの狙いだったと浅井監督は述べている。

Wikipediaで続きを読む · テキストはWikipedia、CC BY-SA 4.0。データはWikidata。

おすすめ