雄呂血

雄呂血 (1925)

阪東妻三郎の無声映画時代を代表する傑作チャンバラ時代劇。実直な道場の師範代が善意で行動したことが誤解され、友人にも裏切られ浪人にまで落ちぶれる。やがて追い詰められた彼は、怒りを爆発させ、追手を斬って斬って斬りまくる。

公開日
1925-11-20
TMDB
6.9 / 10 (25)
上映時間(分)
1時間15分
ジャンル
ドラマ, アクション
監督
二川文太郎

キャスト

豆知識

『雄呂血』(おろち)は、1925年(大正14年)製作・公開、二川文太郎監督による日本のサイレント映画、剣戟映画である。阪東妻三郎プロダクション設立第1作であり、日本に「剣戟ブーム」を起こした記念碑的作品である。

エピソード

ロサンゼルスの日本映画専門館で本作が上映されたときには、ジョセフ・フォン・スタンバーグは毎日のように通い、何百人が斬られるかを数えたという。

本作のストーリーは社会的メッセージが強く、当時の大正デモクラシーの風潮に呼応して多くの観客の共感を呼んだ。寿々喜多呂九平は「世に無頼漢と称する者、そは天地に愧じぬ正義を理想とする若者にその汚名を着せ、明日を知れぬ流転の人生へと突き落とす、支配勢力・制度の悪ならずや」と字幕を挿入したが、当局の検閲で丸々カットとなっている。

ラスト三巻の大立ち回りは、二十七分間の長丁場を、同じテを二度と使わずに展開するという鬼気迫るもので、「悲壮美の極致」とまで言われた。この立ち回りは脚本では「半鐘乱打、大立ち回り」と一行あるだけだが、十手、捕縄、六尺棒、熊手、さすまた、袖からみと、ありとあらゆる捕り物道具が動員され、瓦投げ、眼つぶしと、キャメラの長移動やパンを重ね、それまでの悠長な歌舞伎調の型を徹底的に破壊しつくした。眼つぶしで平三郎の眼がくらむ場面では幻覚感を出すためフラッシュ・バック風に黒コマを間に繋ぎ、テクニックに工夫が凝らされた。また、トラックの荷台にやぐらを組んでカメラを載せても撮影されたが、前述の4K修復作業の結果、トラックが通った轍の跡が確認できたという。

観客の熱い共感を得た、この革命的な殺陣をつけたのは、「まぼろしの殺陣師」といわれた市川桃栗で、バンツマが「妻三郎プロ」を立ち上げて「御大」と呼ばれるようになってからも「おい、妻ちゃん!」と気安くバンツマを呼んでいたという人物だが、出身経歴などは一切不明という。

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