BU・SU

BU・SU (1987)

性格が“ブス”な女の子が、上京して様々な経験を重ねる中で自分の殻を打ち破って成長していく姿を描く。18歳になる森下麦子は片田舎で生まれ育ち、性格のひねくれた暗い女の子だった。そんな“心のブス”を治すため上京し、置屋を営む叔母・胡蝶のところで鈴女という名前をもらい芸者見習いをしながら高校に通うことになる。

公開日
1987-10-29
TMDB
6.2 / 10 (14)
上映時間(分)
1時間35分
ジャンル
ドラマ
監督
市川準

キャスト

豆知識

『BU・SU』(ブス)は、1987年公開の日本映画。市川準監督、富田靖子主演。

製作

当時の日本映画界は異能監督が続々誕生し、市川準もCM界のスーパースターという位置付けだった。1970年代後半に監督デビューした異能監督が散々叩かれたこともあって、さて映画は?という見方もあった。製作費2億5000万円。

脚本は内館牧子が2年がかりで練り上げた。内館の脚本と完成した市川の映画では主人公の設定・登場人物・話の展開などは同じで、内館が書いたセリフもそのまま映画で使われているが、両者の印象は全く異なっている。撮影の小林達比古によると市川は「これまでの明るく楽しい青春映画とは違う物を作りたい」と言ったという。「最初の内館さんのシナリオは、いかにも「今風」っていうか「ノーテンキ」というかで、お互いこんなの撮りたくないよって言ったんですよ。なんというかチャラチャラした幸せそうな映画を撮るのはやめようということだったんです」とも証言している。また助監督の天間敏広によると、市川が監督としてスタートする前は『ロッキー』のようなサクセスストーリーで行きたいという企画だったが、市川は撮影に入る前の打ち合わせの段階から独自のカラーを出してきて、実際に動き出してからも市川から変更部分がいろいろ上がってきた。天間は「インして内館台本と市川さんの台本があるわけで、スタッフはその似て非なる者の前で困ってしまう。

主人公の麦子は当初、歯並びが悪いとか見た目も悪くしようとかルックスにコンプレックスを持っている女の子という話もあったが、監督の市川が見た目じゃなく精神的に閉じた感じの女の子にしようと言ったという。市川は「ブス」という言葉の意味を、どうしても「容姿」のこととしてはとらえたくなくて、いまを生きている若者の多くが感じている「心の閉塞感」が「BU・SU」という「記号」になればと思っていたと述べている。

主演・富田靖子は高校を卒業し、本腰を入れての一年半ぶりの映画。津田邦彦を演じる髙嶋政宏は東宝芸能の大型新人という触れ込み。エンドクレジットで萩原聖人や田山涼成がクレジットされるがどこに出ていたのか印象が薄い。

東宝の100%子会社である東宝映画の製作だが、配給は東宝ではなく洋画系の東宝東和が担当、実製作は「モモトモ映画」以降、レンタル料が安く、各社が利用する日活撮影所で行われた。東宝の邦画本番線は『竹取物語』、『私をスキーに連れてって』/『永遠の1/2』。本作の公開劇場は直前まで決まらず。東宝はアイドル映画を洋画系で掛ける傾向にあった。

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