獣たちの熱い眠り

獣たちの熱い眠り (1981)

人気プロテニスプレイヤー・三村浩司は、酩酊の末に初めて会った女性・ジューンと一夜を過ごす。後日、見知らぬ男に情事の写真をネタにして脅迫を受けるが、怒りに任せて鉄拳を振るった。たちまちスキャンダル記事が書かれ、三村は追い詰められていく…。

公開日
1981-09-12
TMDB
7.6 / 10 (5)
上映時間(分)
1時間51分
ジャンル
ドラマ, アクション
監督
村川透

キャスト

豆知識

『獣たちの熱い眠り』(けものたちのあついねむり)は、勝目梓による1978年に出版された日本の小説、およびこれを原作として1981年に製作された日本映画。

製作

1981年の初めに徳間康快徳間書店社長から岡田茂東映社長に映画提携の申し入れがあり、東映=徳間文庫提携作品として製作が決まった。徳間社長は文庫フェアに絡め、勝目梓を売り出すという相乗効果を狙った。岡田東映社長は1981年の東映ラインナップとして、原作ものの連打を決め、4月に池波正太郎原作・萬屋錦之介主演で『仕掛人梅安』、夏に伊藤左千夫原作・松田聖子主演で『野菊の墓』、秋に本作と1981年初めに既に研究準備中だった宮尾登美子原作・五社英雄監督の『鬼龍院花子の生涯』を並べたいというプランを立てていた。

村川透の監督が先に決まり、主演は松田優作が最初に挙がったが、「善良な男が突然の事件で獣化してゆく。善良性から次第に不良性を帯びてゆく」というコンセプトでは「できあがってしまっている」という理由で、意外性も考え三浦友和がキャスティングされた。「東映の高倉健を継承する役者に育てたい」という出演オファーに、三浦は自身も村川透のファンであり、原作に多いポルノ部分を、かなり削って欲しいと注文をした上で、出演を承諾した。三浦は1982年の正月映画を予定していた同じ東映の大作『大日本帝国』へ出演が決まっており、『大日本帝国』の撮影が1981年の4月にワンシーンだけあったため、頭を角刈りにしていた。三浦は1970年代後半に山口百恵とのゴールデンコンビで大人気を博し、好青年イメージが定着したが、本来は萩原健一や松田優作のような反体制を引きずる役者に憧れを持っており、うってつけの役といえた。

三浦の脇を固める俳優は、怪演が目を惹く石橋蓮司他、阿藤海、成田三樹夫、安岡力也、草薙幸二郎、中丸忠雄、中尾彬など、癖の強い役者で固められた。喰うか、喰われるかの状態に追い込んで、友和の生の部分を引っ張り出そうという考えであった。

1981年5月6日、銀座の東映本社会議室で製作発表記者会見があり、岡田茂東映社長、徳間康快徳間書店社長、勝目梓、村川透監督、 三浦友和、宇佐美恵子、なつきれい、ダーラン・フリューゲルらが出席。全キャスティングの発表と、明日(1981年5月7日)クランクイン、6月中旬、クランクアップなどの説明があった、三浦友和がハードな濡れ場を演じると報道されていため、マスメディアの質問は「今日出がけに百恵さんは何と云いましたか」「ベッドシーンに百恵さんは何と云われていますか?」等、三浦に山口百恵と絡ませての質問が集中。これに岡田社長が怒り、「奥さんを食わせてやるくらいガンバレ!徳間社長はこの作品は大映映画ではなく徳間書店と東映の提携だと言っている」などとピンと外れた発言を行いマスメディアを煙に巻いた。

1981年5月上旬、長崎ロケからクランクイン。長崎港や眼鏡橋などでロケを行い、全体の三分の二がロケ。スタジオ撮影は東映東京撮影所で、第5スタジオに珍しいカジノの豪華かつ大掛かりなセットが組まれた。三浦の二枚目的な甘さは無理に消すことはないと、美術セット他、画作りにはロマンチック、かつファッショナブルなものを狙い、松田優作主演ものとは意識して差異を出した。村川組としてはゆったりとした撮影スケジュールが組まれ、撮影日数は正味30日。三浦は山口百恵との結婚後の初主演映画で激しいセックスシーンを演じると報道されたため、ここでもマスメディアが取材に殺到。百恵との結婚でマスメディアにもみくちゃにされて間もないにもかかわらず、女性誌が「セックスシーンに対して奥さんの反応は?」のような百恵に絡めた質問が多く、三浦が辟易し憮然となる状態であった。村川は「その苛立ちを画に出せれば」と話していた。

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