沓掛時次郎 遊侠一匹

沓掛時次郎 遊侠一匹 (1966)

Tokijiro has the unfortunate duty according to the code of the gamblers to join in the fighting when afforded a night’s stay and meals at the home of a town boss. Though he dislikes killing, the strength of his swordsmanship will be tested time and time again in the bloody tale.

公開日
1966-04-01
TMDB
7.2 / 10 (6)
上映時間(分)
1時間30分
ジャンル
アクション, アドベンチャー, 履歴
監督
加藤泰

キャスト

豆知識

『沓掛時次郎 遊侠一匹』 は、1966年(昭和41年)4月1日公開の日本映画。監督:加藤泰。製作:東映京都撮影所、配給:東映。カラー映画(フジカラー)、シネマスコープ(2.35:1)、90分(フィルム8巻・2,472メートル)。

製作

監督の加藤泰と主演の初代中村錦之助(のちの萬屋錦之介)によるコンビにとって、『瞼の母』(1962年)に続く2作目の長谷川伸作品である。

本作に先立つ1965年に、中村錦之助ら東映京都撮影所の役者30数人が労働組合を結成し会社と揉めた。労働組合の委員長だった錦之助は責任を取り、岡田茂東映京都所長(のち、同社社長)を介して、大川博東映社長に東映退社を告げた。退社の背景には東映が時代劇を製作しなくなった方針転換もあったとされる。当時映画の人気スターが専属会社を出て独立プロを興すブームがあったものの、五社協定が俄然強い時代で、「アカ嫌い」の大川は、「役者が独立プロを作るからと勝手に辞めたらしめしが付かない」と反対した。岡田は「錦之助がまた東映に戻って来れるように」と、「4本だけ出演してくれ」との条件を錦之助に飲ませて大川社長を説得し、錦之助を円満退社させた。4本のうちの1本が本作で、残りは『花と龍二部作』と『丹下左膳 飛燕居合斬り』である。

加藤の回想によれば、本作は時代劇が衰退した1966年当時において、錦之助が「最後にもう一度時代劇をやらせてほしい」と東映首脳部に懇願し、時代劇と任侠ものの2つの性格を持った本作品の企画が立ち上がったのだという。一方、加藤は水野和夫(のちの水野晴郎)によるインタビューで「ヤクザ映画全盛の風潮に錦之助が我慢ならなかった」と語り、「どうしても(錦之助は)もう一度時代劇がやりたい。(錦之助は)時代劇をもう一度作るためにヤクザ映画にも出演して」本作品の企画を通したのだ、と証言している。この時同時に『丹下左膳 飛燕居合斬り』の企画も通っているが、加藤は「時代劇の仕事をしとって、やっぱりあの『沓掛時次郎』という映画はどうしても一度作ってみたい」と先に本作の企画に飛びついたという。

本作品は、そうした「もう時代劇が作れないかも知れない」という主演俳優の危機感と念願の題材を与えられた監督の情熱が作品に緊張感を与え、のちに「映画史に残る」とも絶賛される名作となった。

『風と女と旅鴉』(1958年)以来加藤泰映画のトレードマークとなっている極端なローアングル、シンクロ(同時録音)は本作品でも頻繁に使用されている。また、スタジオ内に再現された四季の移ろいや、雪景色、夕焼け空の鰯雲などがやや誇張された形で表現されているのも本作品の大きな特徴である。

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