暴走パニック 大激突

暴走パニック 大激突 (1976)

暴走パニック 大激突

混血の元モデル・緑川ミチとバーテンの山中高志は海外への生活を夢み、仲間の関光男と組んで、銀行強盗を続けていたが、神戸の銀行を襲った時に、光男が車にはねられて死んだ。光男の兄・勝男は、浮浪者同様の生活をしていたが、山中と光男が銀行強盗をしていた事を知り、山中を追いかけ始めた。指命手配の山中を追う警官の中の一人畠野は、大学卒の上役にいびられてさっぱり仕事に熱が入らず、婦人警官の愛子と寝てばかりいる。少年院出身でガソリンスタンドで働く益夫は、客から預ったスポーツカーを持ち出したが、暴走族に傷をつけられ帰るにも帰れなくなってしまった。一方、山中とミチは銀行を襲い大金を手に入れたが非常線にひっかかり、とあるモーテルに身を隠した。その頃、畠野は愛子を他の警官に寝取られてしまい、そのうっ奮を山中へと向けた。そして、上司の指示に従がわず、山中のいるモーテルに単身乗り込み、二人を逃がしてしまった。逃げる山中とミチの車を、畠野のパトカー、その後を山中の金を横取りすべく勝男の車が追った。やがて、勝男の車は電柱に追突したために、勝男は丁度通りかかった益夫のスポーツカーに乗り込み、さらに二人を追った。しばらく三つ巴のカーチェイスが続いた後、パトカー、白バイが続々と連らなり、やがて、暴走族、ダンプカー、観光バスまでを捲き込んで、狂ったように車と車をぶつけ始めた。横転した車が炎上し、消防車、救急車、機動隊が駆けつけるが、それらも狂走集団に捲き込まれてしまう。集った野次馬は逃げまどいながら投石を始め、凄まじいパニック状態に発展していった……。

公開日
1976-02-28
TMDB
6.5 / 10 (8)
上映時間(分)
1時間25分
ジャンル
アクション, 犯罪
監督
深作欣二

キャスト

豆知識

暴走パニック 大激突(ぼうそうパニックだいげきとつ)は1976年2月28日に公開された日本映画。主演:渡瀬恒彦、監督:深作欣二。制作は東映京都撮影所、配給は東映。併映『横浜暗黒街 マシンガンの竜』。

製作経緯

1973年から始まった「仁義なき戦いシリーズ」は、東映に実録路線という新たな鉱脈を生み、1974年の『仁義なき戦い 完結篇』で一旦ピリオドが打たれたが、ドル箱シリーズを終わらせるには惜しいと考えた会社側の意向で「新仁義なき戦いシリーズ」という番外編に雪崩れ込む。前シリーズの焼き直しだった新シリーズ1作目『新仁義なき戦い』の後、新シリーズ2作目『新仁義なき戦い 組長の首』は、実録要素を含まない完全なオリジナルストーリーであったため、そこで新機軸として投入されたのが、車で急襲するカーチェイス要素だった。執念がこもった白熱のアクション描写は当時の日本映画では珍しく大きな話題を呼んだ。

数々の便乗企画を産み出した東映社長の岡田茂は、『新仁義なき戦い 組長の首』のカーアクションを観て、日本で1975年大ヒットしたアメリカ映画『バニシングin60″』とミックスしてカーアクションで映画を作れ、と号令をかけた。同年夏公開の『トラック野郎・御意見無用』が、公開まで期待薄だったにもかかわらずド派手なデコトラのインパクトが大きな話題を呼んでヒットするや、岡田の頭には「車メインで押す企画もありではないか?」という考えが閃いていた。続く千葉真一、岩城滉一出演、石井輝男監督の『爆発! 暴走族』のヒットと併せて、岡田には「車・バイクをメインにした作品はいける」という確信が溢れた。そこから結実した企画が、物量で押すカーアクションをメインとした本作である。深作は日本映画の土壌でハリウッドで作るようなカーアクションは不可能と判断し最初は反対していたが、結局この企画を受けた。

出だしの導入部分を深作が、中盤は田中陽造が、後半のアクションシーンを神波史男が書いた。

主演は『新仁義なき戦い 組長の首』でもハンドルを握りカースタントを演じた渡瀬恒彦。渡瀬は実生活でもカーマニアとして知られていた。同作で車内に同席した小林稔侍が渡瀬の相棒役で登場する。

宣伝文句には「激突車30台、炎上車20台、登場車200台」と吹聴されたがそこまで車は登場しない。カーアクションシーンを担当したのはノンクレジットのB班監督・関本郁夫である。

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