真昼の暗黒

真昼の暗黒 (1956)

Police beat a murder confession out of four innocent men who are then sentenced to death. Based on a true story.

公開日
1956-03-26
TMDB
6.9 / 10 (5)
上映時間(分)
2時間2分
ジャンル
犯罪, ドラマ
監督
今井正

キャスト

豆知識

『真昼の暗黒』(まひるのあんこく)は、1956年3月27日に公開された今井正監督、橋本忍脚本の日本映画。製作は現代ぷろだくしょん。

製作

本作を企画したのはプロデューサーの山田典吾である。当時八海事件の刑事裁判は、一審・二審ともに全員有罪の判決が下り、植村のモデルとなった阿藤周平が最高裁判所への上告に際して正木ひろしに弁護を依頼、正木は調書を読んで阿藤が無罪であると判断した上で、弁護の傍ら本作の原作となった『裁判官』を上梓していた。山田は監督に起用した今井と相談して、橋本忍に脚本を依頼する。これは橋本が、芥川龍之介の『藪の中』を原作とした『羅生門』の脚本を執筆しており、本作もこれらの作品同様「(見方によって意見が食い違うため)真相が不明」なので疑わしきは罰せずの原則に従い主人公は無罪、という結末にする目算を立てていたためだった。橋本を加えた3名は、八海事件の現地に赴いて事件現場までの所要時間を計測するなどの「実地検証」をおこなった。橋本は鹿沢温泉の旅館に籠もり、裁判調書をもとに40日でシナリオを書き上げる。

橋本の当初のタイトルは『白と黒』だったが、ケストラーの小説にある「虚偽の自白で死刑になる」という要素の一致により借用が決まったとされる。だが、のちの橋本忍の証言では、ケストラーとは無関係であり、「東宝が三船敏郎でやろうとしていたギャング映画の題名なんだよ」「山田典吾と今井正と三人で二日くらい話し合ったんだけれど、出ない。それで僕が『「真昼の暗黒」というのはどう?』と言ったんだ」「よく考えたら「真昼の暗黒」は東宝のレパートリーに挙がっているタイトルなんだわな」「だから、僕が東宝にいって(プロデュ―サーの田中友幸に)掛け合った」とある。

作中ではシナリオハンティングでの調査結果も活用する形で、検察側の主張する「犯行の所要時間は50分」が現実離れしていることを、再現する俳優たちの動きを早回しでコミカルに描写する演出(これは弁護側の反対尋問の一環として出てくる)もなされている。

最高裁判所は山田と今井に直接製作の中止を求め、完成すると配給予定の東映にも圧力をかけた。この結果東映以外の大手映画会社も配給を見送る事態となり、自主上映を余儀なくされたが、いずれの会場も大入りとなった。

1955年1月18日に、最高裁判所事務総長・五鬼上堅磐が事務総局情報課(現・広報課)長・矢崎憲正を通じてプロデューサーの山田に、「最高裁判所としては、現に最高裁判所に係属しておる事件の映画化は賛成できない旨」を告げる。山田はこれに対し、「映画化をやめるわけにはいかないので、映画化は進める」と答えた。

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