旅の重さ

旅の重さ (1972)

「ママ、びっくりしないで、泣かないで、落着いてね。そう、わたしは旅に出たの。ただの家出じやないの、旅に出たのよ(つづく)」の書き出しで始まる。16歳の少女が、男出入りの多い貧しい絵かきの母と女ふたりの家庭や、学校生活が憂うつになり、家を飛び出したところから物語は始まる。舞台は四国。少女の実家も四国。海辺伝いに、四国遍路の旅に出た少女がママに宛てた手紙に託すかたちで、多感な青春の断面を四国の自然描写を織り込みながらみずみずしい筆致で描かれている。家出であり、旅でもあり、遍路でもあり、漂泊でもある、天衣無縫な自由きままな旅であり、常に母への手紙という形で描かれる。それは常に一方通行で、母からの復路はなく、すべてはモノローグである。

公開日
1972-10-28
TMDB
6.9 / 10 (10)
上映時間(分)
1時間30分
ジャンル
ドラマ
監督
斎藤耕一

キャスト

豆知識

『旅の重さ』(たびのおもさ)は、日本の小説家・素九鬼子の小説、およびそれを原作とした日本映画。

製作

新人募集オーディションは各社ニューフェイスなど古くからあるが、1970年代に急増したのは、東映が1972年に引退した藤純子(富司純子)の後釜オーディションの優勝者に賞金100万円と自動車付で実施し、大きな話題を呼んだことがきっかけだった。本作と同時期に東宝では『夕映えに明日は消えた』のヒロインオーディションが行われ、テレサ野田が選ばれている。

本作の主役の一般応募は1972年6月末に行われた松竹の記者会見で告知された。応募総数1937人。写真審査で100人に絞り、さらに33人に絞った。33人はプロ15人、一般18人。最終的に4人に絞ったところで、原作にイメージを得るため、4人にトレパンを履かせてスタジオ付近で審査、ナレーションを読ませた。主役決定発表は1972年7月31日に松竹本社であり、高橋洋子が選ばれた。高橋は文学座の研究生で14の試演会に出た程度。主役オーディションで1位と2位だった高橋と秋吉は、ともに吉田拓郎のファンで、ラジオ深夜放送『パックインミュージック』で吉田から本映画のヒロイン募集を聞きオーディションに応募した。オーディションで主役は秋吉に決まりかけていたが、遅刻してきた高橋が特別に審査を受け、「もとめていたイメージにぴったり」と判断され、逆転して1位と2位が入れ替わり、秋吉は自殺する文学少女役のチョイ役に交代、高橋が主役に変わった。

吉田拓郎はこのオーディションの審査員としても参加し、「映画の音楽をやりませんか、とよく話が来て、新人女優募集の審査員として呼ばれることがあるんですが、僕が選んだコは必ず落ちる(笑)。選ばなかったコが大スターになるわけですよ。秋吉久美子さんとか、高橋洋子さんとか、沢口靖子さんとか。いかに、僕に女性を見る目がなかったかって思うね」などと述べている。

劇中、女(高橋洋子)が(愛媛県)新居浜から来たと言うため、新居浜から高知県への旅設定。1972年7月31日の会見でも新居浜から8カ所に亘ってロケと発表されていた。エンドクレジットで、協力として表記されるのは愛媛県観光協会と高知県観光連盟で、撮影は両県と見られる。高橋以外の登場人物は、全員現地の方言を喋るが、高橋は標準語を話す。前半、15分頃まで女(高橋)は四国遍路を連想させるように遍路の鈴の音が効果的に使われるが、広島原爆の被爆者で遍路を続ける女(演:新村礼子)の身の上話を聞いた後、自分にはそこまで遍路に対する強い思いがないことを悟り、以降は自分探しの旅のようになり、鈴の音もならない。女(高橋)が宇和島市の映画館で痴漢(森塚敏)に遭うシーンで、劇場で掛かるのはシャーロット・ランプリング主演のイタリア映画『さらば美しき人』である。旅芸人の一座の一文字まさこが新舞踊として小柳ルミ子の「私の城下町」を踊る(ノンクレジット)。

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