ファンシイダンス

ファンシイダンス (1989)

塩野陽平は東京の大学生。ロックバンドを組み、ボーカルとして活躍していたが、実家の寺を継ぐために弟の郁生と田舎の禅寺・明軽寺に入ることになる。しかし彼を待ち構えていたのは厳しい修行の日々であった。個性あふれる先輩坊主たちに囲まれながら毎日を送る陽平の元に、かつてのバンド仲間のアツシがやって来る。そして陽平の恋人だった真朱がつきあい始めたと聞かされる。不安に陥る陽平の前に、真朱が現れる。

公開日
1989-12-23
TMDB
6.9 / 10 (15)
上映時間(分)
1時間41分
ジャンル
コメディ, ドラマ, 音楽
監督
周防正行

キャスト

豆知識

  • 原作:ファンシィダンス

『ファンシィダンス』は、岡野玲子による日本の漫画作品。また、それを原作とした映画のタイトルである。寺の跡取りの主人公が禅宗寺院で修行生活を送る模様を描いている。

製作

制作当時の周防正行監督は映画ファンからカルト的人気を集めていたが、デビュー作以降、間が空き、それまでメイキングビデオ『マルサの女をマルサする』などと制作していた。そのため、ピンク映画ファンに心配されており、「ようやく撮れたか」という印象だった。若手監督集団「ユニット5」の仲間である磯村一路の夫人から原作を薦められ、周防が僧侶に取材するとカッコよく、お寺の情報だけでも充分映画になると確信し、大映に企画を提出したところすんなり通ったと撮影時は述べていた。イメージしたのは「引きの画で100人のスキンヘッドを撮ってみたい」だったという。周防監督は撮影中に「『ポリスアカデミー』と『愛と青春の旅立ち』を足して二で割ったような青春群像コメディにしたい」と抱負を述べた。

実は映画化はすんなりではなく、大映から「レンタルビデオ店のおじさんでも知っている俳優が出ていないとダメだ」と言われた。当時はレンタルビデオの伸びが凄く、映画を作る会社としては、二次使用料をレンタルビデオで儲ける、映画館では儲からなくても、後でビデオで儲かるという時代。プロデューサーが片っ端から、そのレベルの俳優に電話して「スキンヘッドになっていただけますか?」と交渉を重ねたが、本木雅弘だけが「スキンヘッドでやりたい」と言ってくれた。本木は「変身願望が強いし、頭を剃るのは全然ためらいませんでした。監督からは撮影に入る前に本読みをして、テストされまくり、余分なものはどんどん省かれてしまいました」などと述べた。周防監督は映画のパンフレットの中で、本木が本番撮影中にハプニングが起きた際、アドリブによってそれを乗り切ったエピソードを紹介している。

田口浩正の映画デビュー作。中盤に晶慧(甲田益也子)の部屋から菓子折りを盗み、ういろうを食べるシーンでは監督から何度もNGを出され悲鳴を上げた。本作に出演した本木をはじめ、田口、竹中直人、徳井優らは、その後も周防監督の映画に出演することになる。陽平のバックを務めるのはメジャーデビュー直前の東京スカパラダイスオーケストラ。甲田益也子の剃髪が見れるとファンは喜んだ。

1989年9月1日に渋谷CLUB QUATTROでクランクイン記者会見があったことから、クランクインは1989年9月1日か、その前後と見られる。寺の東司はどこも撮影許可が降りず、東司のみ大映東京撮影所にセットを組んだ。他は全て実際のお寺で撮影。周防監督は「お寺を舞台にすると、日本家屋をちゃんと撮ることができます。何しろ広いし、構図的にもカメラを充分に引いて50ミリレンズを使うこともできます」などと述べている。『シティロード』1989年11月号の撮影報告では、禅寺は石川県金沢市のお寺5、6か所で撮影したと書かれている。後半、キャバクラで酒を飲んで陽平(本木)たちがお寺に帰るタクシーのナンバープレートが石(石川県)ナンバーのため、修行するお寺設定は石川県。

撮影に当たり、主演の本木や美青年僧侶である晶慧を演じた甲田益也子など、多くの僧侶役の出演者が実際に剃髪している。冒頭でスカバンドのボーカル・塩野陽平(本木)の仲間たちによる断髪式があり、みなバリカンを手慣れた手つきで入れた後、赤石真朱(鈴木保奈美)が陽平の頭を剃刀を使って剃るシーンもある。

Wikipediaで続きを読む · テキストはWikipedia、CC BY-SA 4.0。データはWikidata。

おすすめ