明治天皇と日露大戦争 (1957)
明治37年、帝政ロシアの極東侵略政策に驚異を感じる日本は、日露交渉によって状況好転を試みた。しかし、要領を得ないロシア側の態度に慎重だった明治天皇もついに開戦の英断を下す。
キャスト
- 嵐寛寿郎 — Emperor Meiji
- 阿部九洲男 — Hirobumi Itō
- 髙田稔 — Aritomo Yamagata
- Shin Takemura
- 藤田進 — Kaoru Inoue
- Yōji Misaki — Prime Minister Katsura
- 江川宇礼雄 — Navy Minister Yamamoto
- 広瀬恒美 — War Minister Terauchi
- 原文雄 — Foreign Minister Komura
- 倉橋宏明 — Finance Minister Sone
- Jun Mihara
- 信夫英一 — Field Marshal Ōyama
豆知識
『明治天皇と日露大戦争』 は、1957年(昭和32年)4月29日公開の日本の戦争映画である。製作・配給は新東宝。監督は渡辺邦男。カラー、シネマスコープ(ワイド)。上映時間は113分。
製作開始まで
大蔵貢が社長に就任し、渡辺邦男監督の手腕の下、態勢立て直しを図る新東宝だったが、ヒット作が続かなかった。そこで大蔵は、それまでの日本映画では天皇の姿を出すこと自体がタブーだった中、「ここ一番の大勝負」と、天皇をネタにすることを思いついた。1957年(昭和32年)正月、前年に宝塚映画をやめ新東宝に入社した嵐寛寿郎 の京都の自宅に、「5月のゴールデン・ウィークに超大作を出すので主役を演ってほしい、ついては社長直々に相談をしたい」と大蔵から使いが来た。アラカンはずいぶん先の話にしては性急なと、内容について聞いたが「日露戦争の話としか聞いてません、詳細は社長と渡辺監督から申し上げます、ともかくお出で下さい」と切り口上で返すだけ。アラカンは「正月早々から何とけたたましい、乃木将軍でも演れとゆうことかいな」と思ったという。
翌日、東京本社に出向いた嵐に、大蔵は「明治天皇を演ってほしい」と切り出した。嵐は吃驚仰天し、「そらあきまへん、不敬罪ですわ、右翼が殺しに来よります」と断ったが、渡辺監督は涼しい顔で「大丈夫や、ボクかて右翼やないか」と返し、大蔵は「この作品に社運をかける、総天然色、大シネスコ、製作費2億円」と熱弁を振るい、「寛寿郎くん、大日本最初の天皇役者として歴史に残りたいと思わんかねキミイ」と説得にかかった。元活動弁士仕込みの説得力もあり、嵐は「シネマ・スコープ」に心が動き、「考えさせてもらいます」と答えた。
ところが翌日の新聞には、でかでかと「『明治天皇と日露大戦争』、主役を引き受けた嵐寛寿郎、恐く感激云々」と宣伝部が談話をでっちあげて発表してしまっていた。こうして嵐は、この大役を引き受けざるを得なくなった。
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