大菩薩峠 第一篇 甲源一刀流の巻

大菩薩峠 第一篇 甲源一刀流の巻 (1935)

1930s Japanese film.

公開日
1935-11-15
TMDB
10.0 / 10 (1)
上映時間(分)
2時間16分
ジャンル
ドラマ, 履歴
監督
稲垣浩

キャスト

豆知識

『大菩薩峠』(だいぼさつとうげ)は、1935年(昭和10年)に製作され11月15日に公開された『大菩薩峠 第一篇 甲源一刀流の巻』 に始まる、稲垣浩監督による3作の日本の長編劇映画のシリーズである。第2作と第3作は『大菩薩峠 鈴鹿山の巻・壬生島原の巻』(-すずかやまのまき・みぶしまばらのまき)として1936年(昭和11年)に製作、同時上映された。

エピソード

原作者中里介山は映画化にあたり、「5万円」(当時)という原作料を申し出て、これを大河内傳次郎が現金で払って評判となった。

中里は本作が映画化と決まったときに、「高野弘正君を机竜之助の役に」と条件をつけた。というのも、この小説が澤田正二郎で実演されるとなったときに、主人公の「秘剣音無しの構え」がどういう構えかと質問されて困り、中西派一刀流宗家で剣道教士の高野弘正に型を創造してもらったのだが、高野の創造した構えはまったく隙がなく、優美な構えであったから、中里はすっかり高野に惚れ込んでしまったのである。

驚いたのは日活本社で、当初から竜之助役は大河内と決めていたが、中里が頑として譲らず、とうとう総監督の稲垣浩に「介山を説き伏せてくれ」と泣きついてきたという。「監督の力で高野教士を竜之助に出来ぬはずはなかろう」と言う中里に、稲垣は「先生が道楽をなさろうとおっしゃるならやってみましょう。しかし、大菩薩峠は映画界始まって以来の本格的時代劇を作ろうとするもので、そうしたとき個人的な道楽が許されてもよいのでしょうか」と返した。

稲垣は「二十九歳の僕がよくも大先生をつかまえてこんなことが言えたと、いま思うとひや汗ものだが、その一言で居士は配役一切を僕にまかせてくれた。そういう事情で大河内の竜之助は日の目を見たが、高野先生の竜之助はまぼろしになった」と述懐している。

中里は本作制作の際に、主演の大河内に虚無僧空山を差し向けて、木刀試合をさせている。また、この映画で近藤勇が羽織の紐を首に掛けたというので、「剣聖近藤勇を冒涜するもので、日本の時代映画は根本からやり直さなければならぬ」とこの場面の撮り直しを要求してきたという。監督の稲垣浩もこの意見に賛成だったが、取り直しは時間的に無理だったため、一部分の改訂で納めた。稲垣は「しかしこの一件が、時代劇映画の格調を高めることに役立ったのは言うまでもない」とし、また「そうしたわれわれの苦心も、テレビの時代劇によって元の木阿弥になってしまった」として残念がっている。

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