火宅の人

火宅の人 (1986)

愛の遍歴に、家庭の危機に、身を焦がし、そしてーさらなる天然の旅情へ。

家庭を捨て、新劇女優と同棲するなど、苦悩を抱えながらも自由奔放に生きた放浪の作家・壇一雄の自伝的同名小説を「蒲田行進曲」の深作欣二監督が映画化した人間ドラマ。作家・桂一雄は、先妻に先立たれ後妻としてヨリ子をもらう。ヨリ子は腹違いの一郎をはじめ5人の子どもを育ててきた。が、子どものひとりが日本脳炎にかかり重い障害が残ってしまうと、怪しげな宗教にすがるようになっていく。同じ頃、一雄は新劇女優の恵子の虜になり、やがて家を出て恵子と同棲を始める……。

公開日
1986-04-12
TMDB
4.5 / 10 (10)
上映時間(分)
2時間13分
ジャンル
ドラマ
監督
深作欣二

キャスト

豆知識

  • 原作:火宅の人

『火宅の人』(かたくのひと)は、檀一雄の長編小説で遺作。『新潮』1955年11月号より20年にわたり断続的に連載された。1975年に新潮社で単行本が刊行。没後に第27回読売文学賞(小説部門)と、第8回日本文学大賞を受賞した。全集を含めると150万部を超す檀の最大のヒット作。

製作

断続的に小説連載中の1960年代半ば、当時の東映京都撮影所(以下、東映京都)所長・岡田茂(のち、同社社長)が檀一雄の異父弟である高岩淡に「これは東宝向けやから、うちは映画にせんとこうよ」と言い、高岩も「いいですよ」という話で終わっていた。岡田は檀の東大経済学部の後輩にあたり、檀の無二の親友である坪井与(與)と3人で戦後すぐからよく飲み歩いていた仲だった。その後1982年の『鬼龍院花子の生涯』の大ヒットで、東映でも文芸作品の企画が通りやすい状況になり、1983年になって深作欣二が『人生劇場』を正月跨ぎで東映京都で撮影していた時、「おせち料理が食べたい」と深作が言うので高岩が自宅に深作と松坂慶子を一緒に招待した。すると深作が「檀一雄の資料を見せてくれ」と言うので高岩が「何で?」と聞くと「『火宅の人』をやりたい」「東映がダメなら松竹か東宝でやる」と言って檀の資料を持って帰った。深作は小説の出版以来、繰り返し『火宅の人』を読んでいたという。

岡田社長は1986年始めのインタビューで「『火宅の人』については前から色んな監督がやらせろって来てたんですよ。とくに深作が熱心でしつこくやらせろっていい続けていたもんだから。まあつくり手が何ものにも変えて情熱傾けるものは、ある程度の見通しが立ったら、やらせんとな。アダルト映画(大人向きの落ち着いた映画)は最初から二けた(配収10億円)取ろうと思ったら間違いだよ。とにかく損せんようにな、ということは7億円ぐらいで線引きしてやらんと、この手のものは怪我するよ。この種のアダルト狙いの作品は、よっぽどの強烈なインパクトを持ったモノでないと(お客は)来ないんですよ。だいたいアダルト層は茶の間でテレビにかじりついている連中だからね、よほどの宣伝力を作品自体が秘めてないと来ないよ。よく言うだろ、モノはよく出来ているが、なぜ来ないのかとな。アダルト映画はそうなり易いから難しいよ。アニメはまあお客が入っているけど、ジャリ向きの映画ばかりやっとったんでは、東映の存在価値はないわね。

深作は1986年当時、自身の企画は本作と『軍旗はためく下に』ぐらいで、スタイルとして提案したのは『現代やくざ 人斬り与太』とか何本かある」と話していた。深作はこの10年前から『火宅の人』映画化の希望を持っており、東映にその頃企画を提出したが、当時は実録路線の尻尾を引きずっていた頃で実現できず、深作はフリーになっていたため松竹に企画を持ち込んだが、中年男の不格好な情事を描いたドラマは、当時の興行常識からは外れていて取り上げてもらえなかった。また愛人役や耐え続ける妻役もきれいごとでは済まない役で、深作も当時の女優では誰も見当がつかず、仕方なく見送っていた。10年経って女優たちが違う展開を見せ始めて、東映京都の中にも女優を受け入れる下地が出てきていたことから、深作が再び企画を提出した。

檀の自宅は東映東京撮影所近くの石神井にあり、檀は夕方になると大泉の撮影所に坪井与をよく訪ねて来て、よく飲んでいたという。東映東京の助監督は、坪井に誘われてよく檀の自宅に遊びに行っていたが、深作は行ったことがなく、檀に会ったことがなく、「こんなことだったら、ぜひ会いたかった」と悔しがっていたという。

檀一雄原作の映画化は1951年の『真説 石川五右衛門』を皮切りに本作が5作目で全て東映が映画化している。これはいつも金が無かった檀のために坪井与が無理して原作を買い映画化したもので、井川比佐志演じる壷野は坪井がモデル。檀の女性絡みのトラブルは作家仲間ではなく、坪井がトラブルの解決にあたったという。

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