Water Moon (1989)

As the monk Ryuun, whose past and origin make him prone to internal and external fits, leaves the temple towards Tokyo, he gets to catch a glimpse of enlightenment resonating with the blind Kanoko.

公開日
1989-12-16
上映時間(分)
1時間54分
ジャンル
ドラマ
監督
長渕剛, 工藤栄一

キャスト

豆知識

『ウォータームーン』は、1989年(平成元年)に東映系列で公開された日本のSF、ドラマ映画。

製作

本作は映画『オルゴール』(1989年)が予想外の興行収入を得た事から、東映とユイ音楽工房が長渕の主演映画第2弾、1990年の正月映画として急遽企画したものであった。長渕は映画に対して原案を提示し、それを元に脚本家の丸山昇一が脚本を書き起こした。台本はほぼ完成品と同じストーリー展開であったが、台詞は収録の現場で長渕によって大幅に変更された。

長渕はこの作品にかなり注力しており、1989年の夏に自ら撮影現場のロケハンを行い、主要なロケ場所を決定、また自ら映画に対し出資していた。クランクインは同年の9月の予定であったが大幅に遅れ、9月30日にようやくクランクインとなったが、公開は12月下旬を予定しており、困難を極める状況となっていた。撮影は長渕の妻、志穂美悦子の故郷である瀬戸内海の犬島からスタートし、前日に現場入りしていた松坂慶子はスタッフとともに懇親会に参加していたが、長渕は不参加であった。結局、長渕は撮影当初からスタッフや出演者と同じ宿には宿泊せず、また食事も共にせずスタッフと打ち解けようとしなかった。長渕は自身の思いを伝えようとスタッフに対して直筆の手紙を何度か渡していたが、難解を通り越して意味不明な内容がほとんどで、スタッフは理解できなかった。

僧侶役という事もあり、長渕は撮影初日に坊主頭で現れ、これに感動した撮影監督の仙元誠三はスタッフ全員に坊主頭になる事を指示、照明係を除くほぼ全員が坊主頭で活動する事となった。しかし、撮影の2日目から長渕は独自にリハーサルを行うようになり、また本番においても監督がOKしたにも拘わらず同じシーンの撮り直しを何度も要求、これに対し松坂は何が悪いのかもわからず困惑していたという。さらに長渕は撮影後も松坂に対し打ち合わせや演技指導を独自で行い、「船頭多くして船山に上る」状態を憂慮した松坂がこれを拒絶し始めたため、2人の間で確執が生まれ始める。松坂は途中降板を申し出るが、スタッフや関連会社の重役に説得され、渋々出演を続けていた。相変わらずスタッフと全く行動を共にせず、独自の撮影プランや台詞の変更案を提示する長渕に対し、仙元も音を上げ、現場スタッフは士気が下がっていった。

クライマックスの豪雨の山頂で荒行をするシーンの撮影は、標高1,895メートルの奈良の弥山で行われたが、交通機関もなく水道も引かれていない山頂での撮影は困難を極め、機材とスタッフはヘリコプターで12往復もし、ポンプを使用して現場傍にある給水タンクまで1日かけて水を汲み上げる作業が必要となった。そのような状況の中で撮影されたシーンは、結局完成版では1分程度しか採用されておらず、また雨に打たれる長渕のアップのシーンは後にスタジオセットで撮影されたものであったという。

ロケ撮影が終了し、東映東京撮影所にてセット撮影が始まった直後の11月6日、松田優作の死去が伝えられた。本作のスタッフは松田の監督作『ア・ホーマンス』に関わっていた者が多く、かつ熱烈なファンばかりであったため、撮影を強行しようとする長渕の意見には誰も耳を貸さず、ほぼすべてのスタッフが撮影をやめて葬儀へ向かった。これをきっかけに長渕とスタッフとの確執は決定的となり、監督の工藤栄一は以後現場に顔を出す事はなく、残りは助監督と撮影監督が長渕の提示する案に従い撮影を続行し、最終的な編集も長渕自らが行った。結局、映画はクランクアップを迎え、奇跡的に公開日には間に合う事となった。

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