喜劇 急行列車

喜劇 急行列車 (1967)

渥美清主演で60年代の人気作となった東映“急行シリーズ”の記念すべき第1作。特急列車のベテラン車掌・青木吾一が佐世保長崎行に常務した際、偶然にもかつての思い人を見かけたことから、車内で大騒動を起こしてしまう。

公開日
1967-06-03
TMDB
6.0 / 10 (1)
上映時間(分)
1時間30分
ジャンル
コメディ
監督
瀬川昌治

キャスト

豆知識

『喜劇急行列車』(きげききゅうこうれっしゃ)は、1967年の日本映画。『東映列車シリーズ』の第1作。

製作

本作および、のちのシリーズの企画(後述)は、大川博東映社長で、大川の唯一の企画映画とされる。渥美清は「大川社長に『ボクは昔、鉄道員になりたかったんだが、汽車ポッポが好きでね。その夢が実現しなくて活動屋になっちゃったけど、君がボクの代わりに車掌さんをやってくれないか』と言われて握手して生まれたのが『列車シリーズ』」と述べている。大川はそれまで「映画はズブの素人」と評された人物だった。

プロデューサーの岡田茂が「東映喜劇路線」を敷こうと、東宝(宝塚映画)から渥美清を主演として引き抜き、瀬川昌治を監督に起用した。

1967年4月4日、東映本社会議室で製作発表会見があり、大川博東映社長、坪井与東映専務、瀬川昌治監督、渥美清、佐久間良子らが出席。大川は「東映もそろそろ(ヤクザものから)脱皮する必要がある。人生には笑いが必要で、東映としてもここで喜劇路線を確立したいと思う。トコトンまで押して行きたい」などと話した。瀬川監督は「渥美ほどユニホームの似合う俳優はいない。彼は平均日本人のキャラクターの持ち主で、その怒りや悲しみがストレートにファンに浸み込んでいく。この作品ではこのような彼の魅力を100パーセント引き出してみたい」などと抱負を述べた。渥美は「正直いって主役に選ばれたことで面食らっている。列車のことは何も知らないが一生懸命やりたい」などと話した。

列車内のシーンが多いことから車内セットが必要になったが、製作費用が掛かるために国鉄に協力を仰ぎ、一車両借りようとしたが、ちょうど春の移動最盛期で「東海道本線では遊んでいる車両はありません」と、ニベもなく断られた。このためクランクイン予定が1か月遅れた。その後なんとか協力が得られて撮影期間1か月の間、東京 - 長崎間の寝台列車を特別に用意して貰い、停止したまま設備が動作するように電源車を連結して撮影した。

監督の瀬川は「大川社長が、以前に国鉄におられましたから。その頃の国鉄総裁(正しくは総裁ではなく副総裁・磯崎叡)は、大川さんのかつての部下なんですね。だから国鉄がとても協力してくれて、長崎行の寝台特急に撮影用の車両と電源車を連結してくれたりして、国鉄のPR映画にもなっていたんです」と話している。

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