ガリバーの宇宙旅行

ガリバーの宇宙旅行 (1965)

ガリバー号に乗って宇宙を探検!

両親も住む家もない、貧しいが多くの夢を持つ少年のテッド。ある日科学者のガリバー博士と出会った彼は、博士と一緒にロケット「ガリバー号」に乗って宇宙探索へ行くことに!?希望の星を目指して旅する2人だったが、やっとたどりついた星には希望がなく…。

公開日
1965-03-20
TMDB
6.3 / 10 (12)
上映時間(分)
1時間20分
ジャンル
アニメーション, サイエンスフィクション, ファミリー
監督
黒田昌郎, 山本早苗

キャスト

豆知識

  • 原作:ガリヴァー旅行記

『ガリバーの宇宙旅行』 は、1965年3月20日に東映系で公開された、東映動画製作の劇場用アニメ映画。東映スコープ、カラー。80分。

製作

1963年、『わんわん忠臣蔵』公開後に制作がスタート。当初の公開予定は1964年12月だった。『わんわん忠臣蔵』のLD(絶版)に収録された「東映動画スタジオニュース」で、『わんわん忠臣蔵』とともに本作の製作が映し出されている。

だが、東映動画がテレビアニメの制作を開始した影響を受け、制作作業が中断する。そのため1964年は一本も新作アニメが公開されず、3月には『西遊記』のリバイバルとテレビアニメ『狼少年ケン』の再編集版を上映、その後も『少年猿飛佐助』と『ケン』の再編集や、『ケン』『少年忍者風のフジ丸』および他社のテレビアニメの再編集を加えた上映プログラムが組まれ、これらは東映まんがまつりにつながっていく。本作の制作は1964年3月に再開され、1965年公開となった。大塚康生は再開当初、本作と『ケン』の作業を掛け持ちする「つらい時期がだらだら続いた」と述べている。

宇宙人の形はチェスの駒をヒントとし、動きは『ひょっこりひょうたん島』のひとみ座にモデル人形を作成させ、フィルム撮影したものを参考とした(ロトスコープの変型)。

若き日の宮崎駿も制作に参加しており、一介のアニメーターに過ぎなかった宮崎は、人間味を感じられないロボットのままエンディングを迎えることに納得がいかず、「ロボットは実は人間だった」という演出を提案し、採用された。この人間の少女が眠りから目覚めるラストシーンは、宮崎が作画を手掛けている。

脚本を手掛けた関沢新一は、当時東宝の専属であり東映制作である本作品への参加は契約違反にあたるものであったが、関沢は東宝の文芸部で「長編マンガを書きたい」と主張し、当時東宝がアニメ映画を制作していなかったことから、本作品に参加する代わりに東宝にも良い作品を書くという条件で承諾を得た。文芸部で「東映で書く」と大っぴらに宣言したことで止めようもなかったという。

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