復活の日

復活の日 (1980)

人類復活の足音が聴こえる。神よ あなたは何をしたのかー

1982年、東ドイツの研究所から猛毒ウイルスMM-88が盗まれた。ところが盗み出したスパイの乗った飛行機はアルプス山中で事故に遭い、ウイルスが蔓延した地球は、南極にわずかな人類を残して滅亡する。その生存者の一人、地震研究者吉住は、さらに大きな危険が近づいていることに気づく。アメリカ東部に大地震がおきる可能性があり、それは核ミサイルの発射を誘発するものだった。

公開日
1980-06-26
TMDB
6.3 / 10 (74)
上映時間(分)
2時間36分
ジャンル
ホラー, サイエンスフィクション, ドラマ
監督
深作欣二

キャスト

豆知識

  • 製作費:$1600万
  • 原作:復活の日
  • 撮影地:ノバスコシア州

『復活の日』(ふっかつのひ)は、小松左京が1964年(昭和39年)に書き下ろしで発表した日本のSF小説である。また、同作を原作に、(旧)角川春樹事務所とTBSの製作により、1980年(昭和55年)6月に東宝系で公開されたSF映画である。英題は“Virus”。

撮影

1978年冬に90日間、5千万円をかけたロケハンを敢行し、撮影には1年以上をかけ、日本国外のロケに費やした日数は200日、移動距離14万キロメートル、撮影フィルム25万フィートを数えた。撮影隊はアメリカ大陸の北はアラスカから南はチリまで移動し、マチュ・ピチュ遺跡でも撮影を行った。スタッフは日本とカナダの混成チームで。カナダはアメリカに比べて予算が三分の二で済むため、カナダを拠点に、ホワイトハウスやアメリカ設定の部分はカナダにセットを建てた。

35mmムービーカメラで南極大陸を撮影したのは、この映画が世界初である。南極ロケについては40日をかけ、それだけで6億円の予算がかかった。当初は、日本の北海道ロケで済まそうという話もあったが、木村大作はそれなら降りると主張し、深作欣二のこだわりもあって、南極ロケが実施された。小松も当初、角川から「南極シーンのロケは、グリーンランドかアラスカでおこなう予定だが」と聞かされたが、小松は「南極は"観光"で行けるんだよ」として「深作さんとカメラマンだけでいいから、本物の南極のイメージをとらえておいてほしい」と意見し、「イメージハンティングが本格的なロケハンになって驚いた」という。

南極ロケでは、チリが日本とも国際的に良い関係にあったことから、チリ海軍から本物の潜水艦シンプソンと哨戒艦ピロート・パルドをチャーターできた。南極から核戦争で脱出するためには潜水艦に加えて砕氷船が必要で、さらにスタッフや役者が宿泊する場所として船が必要で、スウェーデンの耐氷客船リンドブラッド・エクスプローラー号をチャーターした。

1979年12月24日クリスマス・イヴに、その客船が南極海域に少し入ったところで座礁・浸水し、チリ海軍に乗員が救出されるという事故が発生した。共同通信の記者が乗り込んでいたことから一般ニュースとして日本で報道され、『ニューヨーク・タイムズ』の1面でも報じられるなど、話題には事欠かなかった。24時間後に救出されたが、世界各地の様子を知るため、昭和基地のアマチュア無線で情報収集をする様子が描かれている。ロケに同行していた製作宣伝の富山省吾は、当時の角川映画は宣伝のために座礁の記事をヤラセで書いたと思われていたといい、帰国後すぐに会見を開いた。

マクラウド艦長(チャック・コナーズ)が活躍する潜水艦の内部の撮影は、カナダの潜水艦を借りて撮影した。世界中の崩壊を描く場面のイタリアのシーンはチリで、カザフ共和国で羊が大量に死ぬシーンはカナダで撮った。

Wikipediaで続きを読む · テキストはWikipedia、CC BY-SA 4.0。データはWikidata。

おすすめ