野蛮人のように

野蛮人のように (1985)

それは、男と女のフェスティバル。

天才少女作家として人気を博した有栖川珠子は、スランプで筆が進まず、海辺のコテージで一人暮らし中。チンピラの中井英二は山西組の幹部である滝口に呼び出された先で、銃に撃たれ負傷した滝口と、同じく銃で撃たれ死亡している山西組長を見つける。滝口から銃の入ったバッグを預かった英二は、滝口から聞いていた組長を撃った女とまったく同じ特徴の珠子を発見し、彼女をバーに連れ込んだ。しかしそこで英二と珠子は二人の殺し屋に襲われ、訳の分からないまま夜の六本木に逃げ出した…。

公開日
1985-12-14
TMDB
6.7 / 10 (3)
上映時間(分)
1時間48分
ジャンル
スリラー
監督
川島透

キャスト

豆知識

『野蛮人のように』(やばんじんのように)は、1985年に公開された日本のサスペンス映画である。監督は川島透。主演は薬師丸ひろ子、柴田恭兵。薬師丸ひろ子が角川映画から独立して主演した初の映画でもある。配給収入は14億5000万円を記録し、1986年の邦画興行第2位にランクインした。

製作

企画はサンダンス・カンパニーの古澤利夫(藤峰貞利)。東映社長の岡田茂からの依頼により本作を企画した。川島透の監督抜擢は古澤と親交のあった松田優作の推薦によるもの。「以前から本格的なアクション映画に取り組んでみたかった」という薬師丸ひろ子念願のハードアクションで、『Wの悲劇』で数々の主演女優賞に輝いた薬師丸が、好企画に出会うまで待ったというだけあって、エネルギーを注ぎ込んだ。製作決定当時の文献には「薬師丸は次の作品では親と子の愛をテーマにしたものに出たいと話していたが、結局は辛口のラブストーリーに落ち着いた」と書かれている。

かねてより角川春樹事務所との関係が良好ではないと伝えられていた薬師丸ひろ子は、1984年の『Wの悲劇』の製作会見で、「実はこの振袖は社長が借りた貸衣装なんですよ」と記者の前で話し、角川春樹は大恥をかかされ、両者の溝は決定的に深まった。薬師丸は1985年3月26日付けで7年間所属した角川春樹事務所から独立、個人事務所「オフィス・メル」を設立し、芸能界史上"最年少"社長になった。社名は薬師丸が大好きな『アメリカン・グラフィティ』に登場する「メルズ・ドライブイン」にちなむ。「成人として仕事を見つめ直したい」というのが表向きの理由だったが、それまで9本の映画で配収150億円を記録し、レコード売上を加えると200億円も稼いだ薬師丸を月給制で毎月150万円しか払わず、この待遇に不満を持っていたといわれる。また原田知世を角川が可愛がるようになった等の理由が伝えられた。

薬師丸の独立は角川春樹事務所と一体のように考えられていた東映洋画の関与が噂された。1985年4月8日に東京プリンスホテルで薬師丸を「励ます会」が開催され、岡田茂東映社長をはじめ、東宝、松竹の重役諸氏や、薬師丸を秋からのテレビドラマに引っ張り出そうとテレビ局の幹部など約200人が出席。円満退社なら出席してもいいはずの角川春樹は姿を見せず、アンチ角川の結集以外の出席者は角川に遠慮して僅か。役者仲間は皆無で、監督も澤井信一郎と相米慎二だけだった。

角川映画の番頭格だった古澤利夫は「薬師丸さんは毎月給料制で、しかも歌唱印税をもらえてなかった。『Wの悲劇』までの4年間、彼女の角川映画に対する貢献度を思うと、もっとお金をもらっておかしくなかったと私は思っています。角川春樹事務所を辞めたのは、自分に対する待遇面のことで思うところがあったと思います。彼女の独立を裏で画策していたのは角川映画のパブリシティの窓口をしていた東映洋画のE君です。彼は彼女の雑誌の表紙や特集に掲載する際には集英社や学研から高額なコーディネート料を請求していました。薬師丸さんが20歳になると、ビール、車、化粧品などのコマーシャルに出演するようになりましたが、代理店は彼に30%のコーディネート料を払っていたと後で聞きました。彼は東映の製作に携わっていた時も同様なことを繰り返していたようです」と述べている。

薬師丸の独立が噂されると大手映画会社は勿論、大手芸能事務所も獲得に動いたが、独立後最初の映画は東映になった。映画関係者の間では独立後最初の映画は『男はつらいよ 寅次郎恋愛塾』のマドンナになるのではないかと見られ、正式にオファーも受けていたが、薬師丸が山田洋次のような老成した監督と組みたくないと拒否したといわれる。他に日本ヘラルド映画配給の劇場用アニメ『銀河鉄道の夜』の吹き替え主演の打診も正式に受けていた。東映は角川とのカラミがあるため、角川をあまり刺激してはならないと配慮し、仁義を切って正式に角川に伝え、その後色々準備し、自社製作より外部からの持ち込み企画の方がいいだろうと判断した。

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