冒険大活劇 黄金の盗賊

冒険大活劇 黄金の盗賊 (1966)

冒険大活劇 黄金の盗賊

牢の中で軍用金300万両の夢を見た二人の怪盗が、奉行との山分けを条件に放免され、その探索を命じられる。やがて軍用金が埋められている沖の島に漂着した二人は、石田三成の残党が徳川幕府転覆のために軍用金を狙っていることを知った。

公開日
1966-12-13
上映時間(分)
1時間30分
ジャンル
コメディ, アドベンチャー
監督
沢島忠

キャスト

豆知識

『冒険大活劇 黄金の盗賊』(ぼうけんだいかつげきおうごんのとうぞく)は、1966年(昭和41年)12月11日に公開された日本の特撮映画。製作・配給は東映。

製作

当時の東映京都撮影所長・岡田茂が『大忍術映画ワタリ』を受け、時代劇復興の望みを込め、時代劇の一路線として「特撮シリーズ」の路線化を決め、特撮娯楽時代劇第二弾として本作を企画した。製作発表は1966年夏で、本作と特撮時代劇第三弾『怪竜大決戦』は同時に製作発表があり、本作は仮タイトルを『黄金島』、『怪竜大決戦』は『自雷也』と発表した。岡田は本作の企画経緯を「特撮映画といえば主に子供を対象にした作品だけのように思われがちであるが、これは大人にも楽しめる立派なものである。ブルー・バック使用による映画製作は欧米では常識化している。従って特撮カットも6カットなどと切り詰めず、堂々と40カット位を占め、特撮で楽しめる映画を作る。『黄金島』は仮題だが、関ヶ原合戦後二十年、幕府の隠密と鍵を握る毛利藩士との争奪戦を描く活劇であり、また『自雷也』はテレビで放映した作品中に『妖蛇の魔術』が視聴率20%以上というのにヒントを得て、時代逆行的ではあるが、映画化に踏み切った。

主演の松方弘樹は東映を退社した中村錦之助(萬屋錦之介)、テレビに活動を移した大川橋蔵に代わって東映京都を背負うと期待されていた。相棒役の大瀬康一は東映では3本目の映画出演。藤山寛美はこの年、負債を抱えて自己破産し松竹芸能をクビになり、岡田に泣きついて東映作品に出演し生活をしのいでいた時期。東映映画の出演は約30本に及ぶ。女性キャストでは東映では佐久間良子が使い辛く、三田佳子も「企画に恵まれない」などと散々揉めて1967年3月に東映を退社し、藤純子は絶対に脱がないし、宮園純子はパンチ力不足で、女優が不足し、当時日活の専属女優だった野川由美子が東映に貸し出され、以降の「夜の歌謡シリーズ」など出演映画の興行成績が良く、色気もパンチ力もある野川がよく東映に起用され、「あなたは東映の人ですか」と言われるほど東映づき、野川自身も親東映派を任じた。『仁義なき戦い 完結篇』でのヒロインはこの流れによるもの。

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