海辺の生と死

海辺の生と死 (2017)

ついてはいけないでしょうか たとえこの身がこわれても 取り乱したりいたしません

『海辺の生と死』(うみべのせいとし)は2017年7月29日に公開された日本の映画。太平洋戦争末期の奄美群島・加計呂麻島で出会った島尾ミホ・島尾敏雄夫妻をモデルにしている[2]。作品名は島尾ミホの同名小説から取られており、島尾敏雄の『島の果て』なども原作とされている[2]。監督は越川道夫、満島ひかりは4年ぶりの単独主演となった[3][4]。キャッチコピーには「ついていけないでしょうか たとえこの身がこわれても 取り乱したりいたしません」の文章が用いられた

公開日
2017-07-29
TMDB
8.0 / 10 (3)
上映時間(分)
2時間35分
ジャンル
ドラマ
監督
越川道夫

キャスト

豆知識

『海辺の生と死』(うみべのせいとし)は、2017年7月29日に公開された日本の映画。太平洋戦争末期の奄美群島・加計呂麻島で出会った島尾ミホ・島尾敏雄夫妻をモデルにしている。作品名は島尾ミホの同名小説から取られており、島尾敏雄の『島の果て』なども原作とされている。監督は越川道夫、満島ひかりは4年ぶりの単独主演となった。キャッチコピーには「ついていけないでしょうか たとえこの身がこわれても 取り乱したりいたしません」の文章が用いられた。

制作

監督の越川道夫は20代の頃から島尾夫妻の作品を愛読しており、また過去の仕事から夫婦の息子である島尾伸三、孫に当たるしまおまほとも親交があった。また映画『夏の終り』(2013年)にプロデューサーとして参加していた越川は、主演を務めていた満島ひかりに本作の構想を話し、ミホの役は彼女のものだと伝えていた。一方、満島の所属事務所ユマニテの代表である畠中鈴子は、彼女の「20代最後の主演作品」として何を撮影するか越川と検討しており、その中で『海辺の生と死』の映像化を提案した。満島の側も、越川から原案を聞かされた際に、「奄美大島で島尾ミホさん…私しかいないかな、と(笑)」と考えていたという。この作品は満島にとって『夏の終り』以来4年ぶりの単独主演作品となった。

映画の題名にも用いられた『海辺の生と死』は島尾ミホの短編集であり、越川は「その夜」のエピソードのみを映画に使用したほか、島尾敏雄の『島の果て』、『はまべのうた』、『ロング・ロング・アゴウ』を原作に用い、夫婦の書簡が収められている『幼年期』も参考にしたと回想している。満島と永山の役名である「トエ」「朔中尉」は、敏雄の小説『島の果て』から取られたものである。また越川は、撮影の頃連載されていた梯久美子のミホ伝を、俳優を含め本作のスタッフ全員に読ませて人物造型の助けとした。梯の連載は後に『狂うひと—「死の棘」の妻・島尾ミホ—』として新潮社から出版されたが、この本は本作の参考文献となっているほか、梯は脚本監修も務めた。

撮影にあたり島尾夫妻の作品を読んだ満島は、ふたりの作品から芝居に通じるものを感じ取ったという。また原作となった『海辺の生と死』に対し、満島は次のような感想を持ったと語っている。

脚本は奄美にルーツを持つ満島監修のもと2015年5月に完成し、7月にはロケハンも行われた。舞台はミホの故郷である加計呂麻島の押角(おしかく)地区に設定されたが、地区は過疎で荒廃が進んでいたため、奄美大島を中心に撮影が行われた。撮影は2015年9月29日から10月17日にかけて行われ、この際『死の棘』映画化(1990年)で使われた震洋の模型が使われている。また押角地区の言葉を再現するため、夫婦の息子である島尾伸三が台本を読み上げる作業に協力した。

作中で使われた奄美島唄は、加計呂麻島出身の朝崎郁恵が歌唱指導に当たった。朝崎はミホの過ごした押角地区に隣接する花富(けどぅみ)地区の出身であり、作中トエが歌う「朝花節」も朝崎の母親が同地区で採取したものである。本来は押角地区の歌ではないが、島の外の人と契りを結んではならないとする歌詞に惚れ込んだ越川は、満島と相談して採用を決めたという。他にも、ミホが敏雄に捧げた奄美方言の歌「千鳥浜(チジュラハマ)」が作中に盛り込まれている。

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