太平洋奇跡の作戦 キスカ

太平洋奇跡の作戦 キスカ (1965)

1943年5月、北太平洋上のアッツ島で、米軍の猛攻に遭った日本軍が玉砕。同じアリューシャン列島にあるキスカ島の守備隊員約5200名は、これによって孤立。大本営の海軍部では、彼らを見殺しにするのもやむなし、との意見が大勢を占める中、司令長官の川島中将は、彼らを何としてでも救えと、大村少将に隠密の撤退作戦を任命。大村少将は、濃霧をついて敵の包囲をかいくぐり、キスカ島に艦隊を接近させる機会をうかがう。

公開日
1965-07-04
TMDB
8.4 / 10 (5)
上映時間(分)
1時間45分
ジャンル
ドラマ, 戦争
監督
丸山誠治

キャスト

豆知識

『太平洋奇跡の作戦 キスカ』 は、1965年(昭和40年)7月4日に公開された日本の映画。製作・配給は東宝。

製作

史実の『キスカ島撤退作戦』を映画化した作品であるが、史実の木村昌福少将を大村少将に、第五艦隊司令長官・河瀬四郎中将を川島中将に名前を変更したり、作戦に参加した艦艇が異なるなど、史実と大きく異なる表現や描写が見られるため、「事実を元にしたフィクション映画」の色彩が強い映画である。

劇中で阿武隈に大村が赴任して髭の水兵が迎える場面では、その水兵が木村昌福に酷似しており、大村に「仇名は?」と聞かれて「司令官であります」と答えるシーンが存在する。キスカ島生存者を招いた試写会では、この場面で喝采が起きた。

実際にキスカ島に勤務して撤退作戦に関わった近藤敏直が、全面的にアドバイスしている。劇中では寺井参謀の役職であった。近藤敏直の証言は、DVDに収録されたインタビューで聞くことができる。

天野少佐の潜水艦が空襲されるカットは、1959年(昭和34年)制作の『潜水艦イ-57降伏せず』の流用である。このため、キスカ島撤退作戦時には参加していなかった英軍機が登場している。

キスカ島のシーンは富士山麓で撮影され、富士山新二合目付近に監視所や司令部などのセットが作られた。キスカ湾海岸のシーンは本栖湖で撮影されている。艦上および艦内のシーンは海上自衛隊の護衛艦あきづき型(初代)、くす型(PF)、潜水艦「くろしお」で行われている(艦内のシーンに関してはセットも併用)。

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