陽暉楼

陽暉楼 (1983)

女は競ってこそ華、負けて堕ちれば泥。

大正元年、太田勝造は呂鶴と駆け落ちし娘の桃若をもうけるが、呂鶴は追っ手に殺害されてしまう。勝造は桃若を連れて高知の遊郭「陽暉楼」を訪れる。二十年後、桃若は陽暉楼の売れっ子になっていた。勝造は大阪に珠子という女を囲っていたが、珠子は呂鶴に瓜二つの桃若に激しく嫉妬、陽暉楼に身を売ろうとするが女将に断られてしまう。

公開日
1983-09-10
TMDB
5.6 / 10 (11)
上映時間(分)
2時間24分
ジャンル
ドラマ, ロマンス, 犯罪
監督
五社英雄

キャスト

豆知識

『陽暉楼』(ようきろう)は、宮尾登美子の1976年の小説。またそれを原作とする1983年公開の日本映画。

製作

五社は東映の岡田茂社長から「『鬼龍院花子の生涯』がヒットしたら『櫂』も『陽暉楼』も撮らせて下さい」と約束を取り付けていたが、『鬼龍院花子の生涯』を撮った後は、フジテレビの「時代劇スペシャル」を撮る予定だった。しかし岡田社長から「『陽暉楼』を撮ってくれ」と頼まれ、製作途中の「時代劇スペシャル」を断り、本作を撮った(#逸話)。1983年1月20日東映本社と、1月22日に東京プリンスホテルで開催された東映グループ新春感謝パーティで発表された東映1983年度確定番組発表では、本作の封切りは1983年8月6日と発表されていたが、東映が4、5年来、夏の大作興行疲れで、9月に興行不振が続くため、『伊賀野カバ丸』/『カンニング・モンキー 天中拳』と入れ替えた。製作費約8億円。

宮尾登美子の原作は『鬼龍院花子の生涯』のような劇的な筋立てはなく、似た芸妓がたくさん出る話で、ストーリーを動かす役が足らず、脚本の高田宏治がストーリーを大きく改変した。高田が五社に映画化を勧めたという。『鬼龍院花子の生涯』で女を書いてお客に受けて自信を付けた高田が、今度は純粋に女を書いてみたいと脚本を執筆した。浅野温子演じる珠子は原作にはなく、勝造の設定やキャラクターも原作(魚屋)とは違う。宮尾は映画になって面白くなるのかという疑念があり、なかなか映画化に承知せず。宮尾からのクレームは当初はなかったが、『櫂』のあとで爆発して新聞紙上で「五社と高田はどうしようもない」とボロクソに批判した。高田は「原作者に"あいつには二度と脚本を書かせるな"と言われるぐらいのつもりでやらないといい脚本は書けない」と解説している。公開当時の文献で高岩淡は、「高田宏治の脚本を読んだ宮尾さんが、お世辞とは言え(高田に)あなたはこれやったら、いまの直木賞作家よりよっぽど上手い。

岡田社長から「『鬼龍院花子の生涯』パート2の匂いをさせたら客は来ない、これ一本、という企画だから客は来るんで、同じような顔ぶれ、同じようなイメージだと、どうしたってガクッと落ちる、ガラッと中身も顔ぶれも変えろ」と指示が出た。

脚本も完成し、1983年2月末のクランクインを予定していたが、五社の前作『鬼龍院花子の生涯』での夏目雅子の脱がされ方がスゴかったため、五社作品と聞いて出演を渋る女優が多く、キャスティングに難航し製作発表も延び延びになった。最初は『鬼龍院花子の生涯』と同じ、主演は仲代達矢と夏目雅子のコンビを決めて、1983年1月にあった1983年度東映ラインアップでも主演は仲代と発表されていた。しかし仲代が黒澤明監督の『乱』の撮影スケジュールとの調整がつかず、『陽暉楼』を降板したと複数の文献に書かれている。高岩淡は公開当時の文献で「『陽暉楼』は当初仲代さんの予定が『乱』の問題もあって、スケジュール的に無理だった。そこで五社さんとの友情で、急遽緒形拳さんが自分からやると言ってくれました」と話している。脚本の高田宏治も「仲代さんはスケジュールの都合で出演不可能になった。緒形拳さんは『女衒の役、面白い』と二つ返事で快く出演してくれた」などと述べている。

夏目雅子の方も突然「スケジュールの調整がつかない」と断ったとされる。夏目が断った"100年に一人の芸妓"こと、ヒロイン桃若役には、浅野ゆう子が一度はOKしたものの、急にダダをこね辞退。次いで島田陽子で決定していたが、島田も辞退した。他に『鬼龍院花子の生涯』にも出演した夏木マリらの名前が挙がったが、スケジュールが合わず。次いで秋吉久美子に交渉していたが、1983年1月、秋吉側が色々注文を付けるのでクランクイン直前に池上季実子に交代し、ようやくヒロインが決まった。これにより秋吉を準主役に回したら、「役が小さくなったのは不満」と秋吉は降板した。池上は「今年で区切りのデビュー10周年。記念になるような映画に出たかったんです。濡れ場ですか?必要なら脱ぐべきです。この作品は、芸者の裏と表を描くものですから、当然です」とキッパリ話した。五社は「結局は全員、裸になってもらいます」と女優陣をビビらせた。

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