星くず兄弟の伝説 (1985)
近未来、東京の下町―― かつて「スターダスト・ブラザーズ」として一斉を風靡したカンとシンゴ。東京の下町にあるバーのオヤジとなったシンゴは過去の栄光を夢見、「地球がダメなら月でもう一度スターに‼」との思いで、売れっ子DJとして活躍するカンを誘ってリ・エイジングスタジオで若返り、月へと旅立つ。 月世界で彼らを迎えたのは、どうしようもなくダメな芸能プロダクション「アストロ・プロモーション」。社長のアストロ南北は地球では売れっ子スターだったと自称するが、この事務所にはウサコとチェリー喜美雄というパッとしない二人のタレントしかいない有様。しかも新・星くず兄弟の初ステージは場末のショーパブだった。すっかり意気消沈した二人に酔っぱらいの老人が「スターになりたかったら〈ロックの魂〉を探せ」と声をかける。 こうして謎の〈ロックの魂〉を求めて、スターダスト・ブラザーズ二人の月世界の冒険がはじまる。一方、月の芸能界を支配する組織「フラッシュバブル」の女ボス、ベタール卑美子と片腕チェザーレ伊東は、星くず兄弟の活躍を封じるべく、刺客を送り込むことに。 果たして、スターダスト・ブラザーズ二人は〈ロックの魂〉を手に入れることはできるのか!? はたまた、スターになることができるのか!?
キャスト
- Shingo Kubota — Shingo
- Kan Takagi — Kan
- 戸川京子 — Marimo
- Issay — Kaworu Niji
- 尾崎紀世彦 — Atomic Minami
- 戸川純 — Beautiful Woman of Stardust Car
- Mie Akatsuka — Chorus Dancer
- 新井素子 — Presentor
- Haruo Chikada — Ruined Musician
- Koichi Ekura — London Boots
- Evelyn — Shingo's Lover
- Miwako Fukushima — Chorus Dancer
豆知識
『星くず兄弟の伝説』(ほしくずきょうだいのでんせつ)は、1985年(昭和60年)6月15日公開の日本映画。製作は「星くず兄弟の伝説」プロジェクト、配給はシネセゾン。上映時間は98分。
製作
もともと近田が同名アルバムを企画した際に、近田が偏愛する映画『ファントム・オブ・パラダイス』(監督ブライアン・デ・パルマ、1974年)を下敷きにした「架空のロック・ミュージカル映画のサントラ盤」として考えていた。したがって当時『星くず兄弟の伝説』なる映画は、近田の脳内にしか存在しなかったのであるが、アルバム発表の5年後に映画化が実現した。近田と手塚がテレビの番組で競演した際、意気投合したことから近田から手塚に制作依頼があった。『ファントム・オブ・パラダイス』や『ロッキー・ホラー・ショー』を狙って作った映画。
主人公の「スターダスト・ブラザーズ」のシンゴ役とカン役に、「8 1/2」の久保田しんご(現久保田慎吾)と元東京ブラボーの高木一裕(現高木完)、マリモ役に戸川京子、虹カヲル役にDER ZIBETのISSAYが起用された。アトミック南役には尾崎紀世彦が起用されたが、手塚は尾崎を大林宣彦監督の『ハウス』でしか見たことがなく、本業は俳優だと勘違いしてオファーした。尾崎に会って「よく映画やTVでお見かけします」と言ったら、尾崎から「2本しか出たことない」と言われたという。
脇役とカメオ出演的に多彩な顔ぶれがそろえられ、ミュージシャン(サンプラザ中野、高野寛、海琳正道、泉水敏郎、江蔵浩一、大木雄司、近田春夫、高木英一ら)、漫画家・イラストレーター(渡辺和博、永島慎二、モンキー・パンチ、高橋葉介、太田螢一)、小説家・構成作家等の著述家(石上三登志、景山民夫、高田文夫、中島らも、新井素子)、コピーライター(川崎徹、加藤文近)、映画監督(黒沢清)、特撮的な俳優(大村千吉、佐々木剛)らが出演している。ダンサーには、池田新一(現ラッキィ池田)と南潤子(現南流石)がいた。森田一義、島田紳助、山村美智子、三宅恵介、荻野繁らは一瞬の出演。
プロデューサーの一人・春田克典は、東映動画(東映アニメーション)出身で、映画『俗物図鑑』(監督内藤誠、1982年)の製作を経て、アニメーション映画『少年ケニヤ』(監督大林宣彦、1984年)で助監督を務めた人物で、現在アニメ製作会社・株式会社ハルフィルムメーカー代表取締役社長。高木英一は元近田春夫&ハルヲフォンのベーシストで近田の盟友で、一瀬隆重は手塚同様自主制作8ミリ映画の監督から、本作のプロデュースをもって、商業映画のプロデューサーに転向した。
撮影の大沢栄一は大林組(大林宣彦)の阪本善尚に就いてCM中心の活動をしていた人で、映画とは違う撮り方を期待して手塚監督が招いた。手塚は本作撮影前まで映画の現場を見たのは大林組だけだった。俳優に自由に演技をさせるという自由度はありつつ、全ての絵コンテを手塚が描いて、完璧に計算がなされて、ほぼ絵コンテ通りに映像のつなぎ方など全部決めてやったという。カット割りが異常に細かく、総ショットは1000以上とされ、ほとんど一動作ごとにカットが切り替わるテンポ。このため登場人物の動きがコマギレに分解され、切り貼りされているために、その無機質さがいっそう助長されている。撮影や編集段階での変更はほとんどなく、あらかじめ手塚が意図した計画的な表現である。撮影は約1カ月。
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