実録飛車角 狼どもの仁義

実録飛車角 狼どもの仁義 (1974)

In gangster-infested 1920s Yokohama, gambler Ishiguro gets in with the local gang -- but his view of life changes after the Great Kanto Earthquake.

公開日
1974-10-05
TMDB
7.5 / 10 (2)
上映時間(分)
1時間33分
ジャンル
犯罪, アクション
監督
村山新治

キャスト

豆知識

『実録飛車角 狼どもの仁義』 は、1974年10月5日に東映で公開された日本映画。カラー、シネマスコープ、93分。

製作

将棋を愛好した尾崎士郎が留置場で石黒彦市を知ったのは昭和9年(1934年)頃で、石黒の反骨精神を買い、その後も石黒の面倒もみた。盤上で縦横無尽の活躍をする飛車・角を通り名とした、と尾崎自身も書いている。また石黒自身も自分が飛車角であると認めている。

飯干晃一が、国がヤクザを利用しようとしていた昭和初めに、一人だけそっぽを向いたといわれる石黒に興味を持ち、時代背景、及び横浜を中心に刻明に取材し、『週刊現代』に『昭和残侠伝 狼どもの仁義』というタイトルの小説を連載した。連載の初回に誌上で「『人生劇場』に飛車角こと小山角太郎として出てくる男のモデル・石黒彦市を描いたものだが、石黒は"ぶったぎりの彦"ではあっても、飛車角のイメージを壊すことを恐れるので、石黒彦市の名で通す」と断りを掲載した。本作は連載中のこれを原作とする映画であったが、映画化に際し、岡田茂東映社長がタイトルを『実録飛車角 狼どもの仁義』に改題し、「飛車角のモデル・石黒彦市の素顔を実録路線で暴く。彦市が義理と人情の侠客どころか、賭場荒らしの無法者として描く」などと発表したため、尾崎士郎の未亡人・尾崎清子がビックリして新聞紙上で「小説に出てくる人物はすべて尾崎が創作したもの。

石黒は大正11年(1922年)に横浜に住みつきゴンゾウからヤクザになった。生まれながらに組織や権力支配に抵抗し、暴力こそが自己の意志の最後の拠り所という考えを持った荒っぽい男。一匹狼のヤクザになってからは賭場を荒らして名を売り、ぶったぐりの彦という通り名で姿恰好など相当派手好きで女も好んだ。『人生劇場』の小山角太郎とはイメージを異にしている。石黒を暗殺する村岡健次(演:小林旭)も実在実名の人物で、"火の玉小僧"と当時の不良少年から恐れられたという。脚本の佐治乾は、村岡に直接取材ができ、村岡は石黒の印象を「飛車角という男は、奇妙に魅力のある男だった。1日1回は電話で話し合わないと淋しいくらいに仲がよかった」と話したという。

脚本は1970年の日活『反逆のメロディー』で、東映『人生劇場 飛車角』以来のヤクザ映画に対する型の神話を崩したとも評された佐治乾。その佐治が自らの手で、ヤクザ映画の原型になった飛車角そのものを崩壊させ、佐治に於けるヤクザ映画を検証しようという試み。佐治は「飯干さんは石黒を侠客と捉えられているようだが、私はアナーキストに近いと思う」と話した

中川梨絵のヒロイン抜擢は、菅原文太と脚本の佐治からの推薦。『竜馬暗殺』の撮影終了後にオファーがあり、快諾した。中川は佐治と以前酒を飲んだことがあり、酔っぱらうとあたり構わず酒をひっかける酒癖の悪い中川に佐治は酒をかけられたことがあり、強い印象があったという。佐治は日活の河辺和夫監督と中川主演の映画を作ろうと中川の出演作を全部観ていた。佐治も本作の監督・村山新治も、ポルノシーンがあまり好きでないことから、二人から「梨絵さんは哀れでいじらしい、すがりつくような女でいってくれ」と言われた。 中川は田中登監督の『㊙色情めす市場』を映画館で観て「風景と人間が美しすぎて残酷に描き尽くされた映画を観たのは初めて」と感動して外へ出た途端気絶したと話した。

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