現代やくざ 与太者の掟 (1969)
昭和32年、暴力団や愚連隊が我がもの顔で歩く新宿の街に、フラリ一人の男が降り立った。男は天涯孤独の身の上で、少年院、刑務所とヨセバ暮らしを繰り返し、今また五年の務めを終えてシャバへ出たところであった...。ある暴力団抗争の渦中に巻き込まれた一匹狼が、悪の華咲く新宿で、ドスを片手に血の雨降らす痛快アクション巨編。
キャスト
豆知識
『現代やくざ 与太者の掟』 は、1969年2月1日に公開された日本映画。製作:東映東京撮影所、配給:東映。菅原文太の東映移籍後初主演作品で、それまでの東映任侠映画に比べて描写がリアルで、後の『仁義なき戦い』を先取りしているという評価もある「現代やくざシリーズ」の第1作である。
製作
若山富三郎が、本作公開前年の1968年からの『極道シリーズ』で鶴田浩二、高倉健に次ぐ任侠映画の主演スターとなり、「鶴田・高倉・若山のビッグ・スリー」「鶴田・高倉・若山・藤の四エース」と称されるようになった。東映任侠路線はほぼ盤石の状況ではあったが、東映映画本部長・岡田茂は、彼らに続く1969年度のスター構想として「菅原文太、梅宮辰夫、吉田輝雄、松方弘樹、千葉真一の中から一本立ち出来る俳優を育てたい」と表明。ただ、梅宮、吉田、松方、千葉は育ちの良さから、陽性の芝居は得意だが、男の翳りを表現するのは得意でなく、「どこか拗ねている、色合いが違うのは文太だろう」と岡田は考えた。菅原の一本立ちを願い、菅原の初主演作として本作を用意した。岡田は菅原の売り出しについて「ウチには現代やくざに適した役者が少ない。それをカバーするためだ。菅原はマスクといい、雰囲気といい、実にモダンだ」と大変な惚れ込みようだった。
主人公・勝又は貧困の果てに一家心中から生き残った孤児という設定であるが、本作中では福地との会話で少し示唆されるのみで、はっきりとは明示されていない。プレスシートを記録するキネマ旬報映画データベースなどでは武原英子と小甲登枝恵が同姓の登場人物でクレジットされており、勝又の家族として設定されたとみられるが、公開時の本作には両者が出演しているシーンはなく、勝又の生い立ち部分は撮影したがカットしたものと考えられる。
スポーツニッポン1969年1月29日付の記事に「撮影がこのほど終わった」と書かれていることから、撮影は1968年12月ー1969年1月に行われたと見られる。今日では人が多すぎて撮影不可能かもしれない年末年始の新宿駅構内を始め、新宿近辺でふんだんにロケが行われている。オープニングクレジットに被さるのは昔の新宿駅西口バスターミナル。以降伊勢丹新宿店前辺りを菅原が練り歩く。小峯弥生(藤純子)は中央本線沿線の新宿区柏木柏木四丁目のアパートに住む設定。中央本線の赤い電車や総武線の黄色い電車も映る。ドスを振り回し、拳銃を撃ちまくるヤクザ同士の大立ち回りは、さすがに当時でも新宿の歓楽街で撮影するのは難しいと見られ、エンディング等の大立ち回りの撮影は、現在の東映東京撮影所隣りのプラッツ大泉が建つ場所にあったという銀座のセットかもしれない。勝又(菅原)が石井直吉(志村喬)と知り合うパチンコ店のBGMとしてピンキーとキラーズ「恋の季節」が流れる。
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