竹取物語

竹取物語 (1987)

かぐや姫は、宇宙からやって来た!

美しい山里に、娘を亡くした夫婦が住んでいた。ある日の夜、閃光と共に巨大な何かが現れ、竹林のある山に落下する。あくる日、竹取りの造は娘の墓の近くで赤ん坊の入った金属の物体を見つけた。赤ん坊は光と共に死んだ娘・加耶とそっくりの少女に変身し…。

公開日
1987-09-26
TMDB
6.4 / 10 (28)
上映時間(分)
2時間1分
ジャンル
アドベンチャー, ドラマ, サイエンスフィクション
監督
市川崑

キャスト

豆知識

  • 原作:竹取物語

『竹取物語』 は、1987年(昭和62年)9月26日に公開された日本の特撮映画。製作は東宝映画とフジテレビ、配給は東宝。カラー、パナビジョン。上映時間は121分。文部省選定。第2回東京国際映画祭オープニング特別上映作品。

制作

『竹取物語』は1970年に死去した特撮監督の円谷英二が本格的な再映像化を切望していた題材であり、円谷とともに映画製作に携わってきた東宝映画社長の田中友幸にとっても念願の企画であった。予想される巨額の製作費がネックとなり、10億、20億のカネをポンと出せる金満テレビ局の出現を待つしかなかった。企画立案から完成までには10年の歳月が費やされ、フジテレビとの合作により、総製作費20億円の東宝創立55周年記念超大作として完成した。『南極物語』『ビルマの竪琴』『子猫物語』と快進撃を続けるフジテレビが、前二作と同じヒットメーカー市川崑、配給はお馴染みの東宝、崑–フジ–東宝のトリオで三匹目のドジョウを狙い製作した。これに至り、「フジテレビは確かに社名に『テレビ』とついているが、映画会社に鞍がえした方がいいのではないか」と映画業界から皮肉が聞かれた。

SF要素の導入は、本作品の脚本を担当した一人でSF評論家でもあった石上三登志のアイデアによるものであった。当初は脚本家の菊島隆三が第1稿を書き上げたが、一読した田中友幸が「このまま撮ると、普通のシャシンになる」と意見し、SFに詳しい石上が脚本に参加する事になった。その後、監督を担当する市川崑が呼ばれ、脚本作りに参加した。市川は当時、『鹿鳴館』や『映画女優』などの映画を並行して監督しており、積極的な打ち合わせに参加できない状態だったが、田中との話し合いで、脚本は、オーソドックスな菊島版と自由奔放な石上版の折衷案で行く事とし、石上はSF監修も兼務することになった。また「『未知との遭遇』風にしたい。そっくりで良い」という田中の要望で、宇宙船のミニチュアには、1万本の光ファイバーが用いられているが、宇宙船パートの撮影は難航し、何度もリテイクが繰り返された。特撮パートは円谷の弟子である 中野昭慶が担当した。中野にとっては特技監督として最後の劇場作品となった。

本作品でデビューした小高恵美は、盲目という設定の役柄であったため、市川から黒目を動かさず瞬きもしないよう指示され、振り向くシーンで目が動いてしまったり、強い照明を当てられた状態で瞬きをせずにいたため涙が出てしまうなど、目の演技で苦労した旨を語っている。また、貧しさの表現として、髪の毛をコテで焼いている。

加耶が天に昇るシーンで使用された籠は、後に映画『ゴジラvsビオランテ』(1989年)での大プールでの操演のセッティング作業に用いられた。

幼児の加耶が光る竹の中から誕生する場面は、光学合成で表現された。竹林のミニチュア撮影は日本初とされ、新素材により竹のしなやかさを表現している。

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