モーニング・ムーンは粗雑に

モーニング・ムーンは粗雑に (1981)

青春は小さな戦場です。

四月のある日、ツギは前から欲しかった中古のアメ車ダッジをついに手に入れた。ツギは草壁の経営するバー「スターダスト」でバイトをしており、草壁の愛人、栞にゾッコンだった。草壁は裏では偽ブランド商品の販売をしている。その日ツギは、草壁に命じられ音楽プロデューサー一条から金を預かって、成田の税関に口止め料を払いに向うことになった。ツギは意気揚々とダッジで一条のいるスタジオに向い、そこで自作の歌を唄うミオに会った...。

公開日
1981-06-21
TMDB
4.3 / 10 (3)
上映時間(分)
1時間38分
ジャンル
ドラマ
監督
Masanori Watanabe

キャスト

豆知識

『モーニング・ムーンは粗雑に』(モーニング・ムーンはそざつに)は、1981年に公開された日本映画。制作はアミューズ、配給はスーパーハリウッド。

製作

1970年代後半から、映画製作に映画外企業からの参入が増え、同時に独立プロの映画作りも盛んになった。1981年3月、音楽事務所・アミューズが「アミューズ・シネマ・シティ」(略称:ACC)という映画製作の会社を設立し、「〈映画〉と〈音楽〉と〈ドラマ〉のジョイント」を掲げ、その旗揚げとして3本の企画を発表した。アミューズ創業者である大里洋吉は、音楽に情熱を傾けるのとは別に、学生時代から熱狂的な映画ファンという熱い胸の内が映画製作に走らせたという。大里は「映画はいつの時代にあっても現役の青春でなくてはならない。映画の主要観客は10代後半から20代前半である。彼ら若者のニーズに応えられる作品を用意するのが製作者の務めだ」などと述べた。アミューズの当時の看板タレントはサザンオールスターズ、ジューシィ・フルーツ、岡林信康だった。

本作は「ヨコハマを舞台に、ふとしたことで出会った青年と女子大生の〈愛のような〉ふれあいから別れにいたる甘美で切ない24時間の行動を描く青春映画」とは発表されていた。このため「何やら『アメリカン・グラフィティ』風」といわれた。

1981年5月、『モーニング・ムーンは粗雑に』の製作発表記者会見が行われ、1万3000人の主役募集のオーディションに合格した主役の明治学院大学生の斎藤淳之介、高樹澪、 監督の渡辺正憲、サザンオールスターズのメンバーが出席した。高樹は本作のヒロイン名から芸名を付けた。製作費約5000万円、横浜を中心にオールロケと発表。監督の渡辺正憲は渡辺プロダクション出身で、ナベプロ企画の映画やテレビドラマに関わってきた人で映画の監督は初めて。「『ジョンとメリー』みたいな話をやってみたい」と述べた。桑田佳祐は「これまでの日本映画の音楽は、もうひとつポップになり切れていないような気がするので、こんどは思いっきりやってみたい」と話した。3月の発表のときは全国180都市の市民会館やホールで上映すると説明したが、7月中旬から全国70都市のホールや公会堂で上映すると修正された。

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