ちょうちん

ちょうちん (1987)

ヒット作「竜二」の完成後にがんで逝去した伝説の映画人、金子正次の遺稿を映画化。陣内孝則が、胃がんで余命わずかという若きヤクザを演じたニューウェーブ・ヤクザ映画。陣内は第30回ブルーリボン賞で主演男優賞を受賞。1987年度キネマ旬報日本映画ベスト・テン第10位。 新宿の暴力団“三東会”の一員である村田千秋は、しがないながらも肩で風切って街を歩く青年ヤクザだが、同居する妹・涼子に恋人ができたかどうか心配してしまう、妹思いの優しい兄でもある。ある日、彼は夜の酒場で働く、幼い息子がいる女性・新子と知り合い、彼女と付き合うようになる。千秋はある大仕事に成功し、自分の事務所を持つが、部下の幸三に裏切られて手痛い目に遭ってしまう。さらに千秋は突然、吐血してしまい……。

公開日
1987-05-23
TMDB
10.0 / 10 (1)
上映時間(分)
1時間40分
ジャンル
アクション, ドラマ
監督
梶間俊一

キャスト

豆知識

『ちょうちん』は、1987年に公開された陣内孝則主演、梶間俊一監督によるヤクザ映画。ヴァンフィル、廣済堂プロダクション、東亜興行製作、東映配給。

製作

金子正次の死後の翌1984年5月に三一書房より、金子が生前書きためていた5篇を収めたシナリオ集『竜二・ちょうちん』が出版され、本作はそれに収められていた。金子は病床で「『ちょうちん』と『盆踊り』を映画にするまで絶対にやめない」と話していたといわれる。金子の死後、ファンの間で金子の遺した脚本を映画化して欲しいとの要望が沸き起こり『竜二』の上映運動に尽力した上板東映の元支配人・小林紘が「ちょうちん」を是非映画化したいと考え、付き合いのあった本作の監督・梶間俊一に「やりませんか」と声をかけた。梶間は名画座のための映画を企画していた。

しかし二人とも資金はなく、多くの会社に製作や資金援助の打診をしたが、決定的要素にかけ、ぽしゃる寸前までいき3年が経過した。この間、流山児祥も映画化に動き、内田栄一も演劇化していた。ところが陣内孝則が主演に決まると、驚くほど製作の申し出が相次ぎ、トントン拍子で製作が決まった。また東映が松方弘樹、勝新太郎、ビートたけしらの出演で、製作を予定していた『戦争と平和』という実録ヤクザ映画大作が製作中止になったことで東映の本番線に組み入れられることになった。東映東京撮影所には伊藤俊也を中心に「大泉スタジオ通信」という東映東京の労組の闘いの機関紙を作っていた梶間や、澤井信一郎、横山博人、佐藤和之、縞五郎、桑名忠之らの"大泉スタジオ派"という流れがあり、梶間は本作はその仲間によって作られた映画と述べている。

脚本クレジットにないが伊藤俊也と梶間で1986年夏から取材して縞五郎と脚本直しを行った。原作にかなり忠実だが、原作で千秋(陣内孝則)と新子(石田えり)はすでに知り合っていたという部分を変更し、出会いをキッチリ書いた。また時間をかけて新宿で取材をし、金子の原作は数年経った当時では風俗的な意味で古くなっている部分があり、ノミ行為の方法や当座預金開設の下りが加筆、変更されている。。

主演の陣内孝則は、当時テレビで活躍する人気俳優であったが、本格ブレイクは本作の翌、1988年の『君の瞳をタイホする!』(フジテレビ)出演からで、当時はどちらかといえばコミカルな演技を得意とする俳優というイメージがあった。本作のヤクザ役で高い評価を得て、以降、映画では多くの作品でヤクザ役を演じた。陣内は元々、東映のヤクザ映画のファンで、「東映の三角マークを背負っての主演はボクの夢でした。まして金子さんの作品をやるなんて...それだけに責任が重く胃が痛くなる思い」と話した。町田役の原田芳雄は、製作発表の席で「金子のくったくのない笑い顔が浮かんでしょうがない」と涙ぐんだ。新田恵利はおニャン子クラブ卒業後、単独では映画初出演。渡辺正行、余貴美子の映画デビュー作でもある。

陣内のヤクザ役は初めてで最初は演出も手探りだった。すると陣内から「『仁義の墓場』でやったらどうでしょう」と監督の梶間に提案があった。クレジットにないが梶間は「『仁義の墓場』の助監督を務めており、ここからピッタリお互い息があったという。

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