ひめゆりの塔 (1982)
太平洋戦争末期、全島が戦場と化した沖縄で、ひめゆり部隊と呼ばれ陸軍病院に配属された乙女たちのはかない青春を描く。28年ぶりの再映画化は脚本・水木洋子、監督・今井正と同じコンビ。前作では果たせなかった沖縄現地ロケを行ない、撮影は「裸の大将放浪記」の原一民が担当。昭和20年3月24日、沖縄師範女子部と県立第一高女の生徒二百名は軍の命令により、特志看護婦として南風原陸軍病院に配属されることになった。従軍服に着がえた生徒たちは慣れぬ手つきで、丘の中腹に設けられた病院の壕を掘った。米軍がすでに上陸し、やがて病院にも危険が迫ることを知った学校は生徒たちに卒業式を今のうちにさせてやりたいと思い、三角兵舎で卒業式が行われた。ローソクの光が少女たちの制服姿を浮かびあがらせ、上原文とチヨの姉妹、安富良子、花城露子、安里恒子、嘉浦春子たちが、“仰げば尊し”を歌っていた。時を選ばぬ砲火は式を中断させ、続々と運びこまれる傷病兵に壕内は薬品の匂いと兵士のうめき声でむせかえるばかりだった。薬品を守ろうとした生徒は至近弾を受け、安富は機銃弾を浴び次々と犠牲者が出た。同じ頃、病院長佐々木中佐は南部へ退避する決断を下した。生徒たちは持てるだけの医薬品と、傷ついた友を背負い、夜を徹して歩いた。極限状態の生徒たちを宮城先生は元気づけ、玉井先生の先導は全員を奮い立たせた。たどりついた糸洲集落で少女たちは遊んだ。そしてゆっくり眠った。しかしそれもまた束の間、米軍の鑑砲は彼女たちを、さらに南へと追いつめ、あとは切りたった崖と海があるばかりの摩文仁の洞窟が終着点となった。そして6月18日夜。病院の解散命令が出されるが、ひめゆりのような少女たちと教師たちには無残な死が持っているだけだった。
キャスト
- 栗原小巻 — Teacher Miyagi
- 古手川祐子 — Aya Uehara
- 斉藤とも子 — Tsuyuko Hanagi
- 蜷川有紀 — Tsuneko Anzato
- 田中好子 — Haruko Kaura
- 牛原千恵
- Tomoko Takabe
- Tomoko Igarashi
- Makiko Otonashi
- 志方亜紀子
- 志方亜紀子 — Sonoe Sotoma
- 谷川みゆき
豆知識
『ひめゆりの塔』(ひめゆりのとう)は1982年6月12日に公開された日本映画。今井正監督が、自身が監督した1953年の同名映画を、前作の水木洋子の脚本をそのまま用いてリメイクした。製作は芸苑社。配給は東宝。カラー、ビスタビジョン。上映時間は142分。
製作
今井正自身が監督した1953年の同名映画は、創立早々の東映で製作されて大ヒットし、600万人の観客を集め、東映の経営は軌道に乗った。それが縁で今井監督の息子は東映に入社し、本リメイクを製作当時は東映宣伝部次長だった。本来は東映30周年を祝う記念映画として東映で製作されるのが自然であったが、東宝の社史を記念する映画として製作が決まった。その経緯について今井は「東宝の佐藤一郎プロデューサーと別の企画を進めていたのだが、東宝から『戦争ものを』という要望があったんです。私は『連合艦隊』のような戦争スペクタクルは作れません』と言ったんだが、『(戦争映画なら)思い通りに作ってよろしい』と返答されたので、急遽『ひめゆりの塔』に企画変更しました。前作では沖縄がアメリカの占領下にあってロケに使えなかったという無念さもあったので、自分の作品をもう一度やるなら『ひめゆりの塔』という気持ちはあった。
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