吼えろ鉄拳

吼えろ鉄拳 (1981)

国際都市・香港とポートピア”81で賑わう神戸を舞台に、アメリカ帰りのカラテ青年・日野原譲次が、謀殺された父母と双子の兄の仇を討つため、叔父の日野原コンツェルンと対決し、悪のシンジケートを追いつめていく!真田広之の主演作第2弾。

公開日
1981-08-08
TMDB
6.5 / 10 (16)
上映時間(分)
1時間35分
ジャンル
アクション, 犯罪, ドラマ, コメディ
監督
鈴木則文

キャスト

豆知識

『吼えろ鉄拳』(ほえろてっけん)は、1981年公開の日本のアクション映画。東映京都撮影所製作。監督:鈴木則文。主演:真田広之。真田にとって2作目の主演長編映画である。

製作の経緯

1980年11月に公開された真田広之の初主演映画『忍者武芸帖 百地三太夫』は、真田を本格的アクションスターとして売り出そうと企画された作品であったが、同作が興行不振に終わった後、同作の監督・鈴木則文が京都に来ていた岡田茂東映社長と飲み、そこで岡田から「真田広之でもう一本やらせろ。俺も責任があるから、真田の。絶対客来るから」と頼まれた。また千葉真一の「アクション映画を作りたい」という執念も承知しており、この二人の情熱と鈴木自身も「『忍者武芸帖 百地三太夫』一本で真田を終わらせたくない」という真田への愛情と責任感から本作の製作を決意した。

『忍者武芸帖 百地三太夫』が暗い復讐劇であるのに対して、本作は同じ復讐劇ではあるものの、笑いも取り入れたさわやかな作りとなっている。これはかつて『忍者武芸帖 百地三太夫』の脚本第一稿で岡田社長に却下された要素で、ジャッキー・チェン映画の影響である。

真田と対決し、のちに仲間となる用心棒を演じたアブドーラ・ザ・ブッチャーは、プロレスラーとして当時大人気であった。

スタジオ撮影のほか、舞台となった香港、福井県越前海岸、神戸市(新港、三ノ宮駅前、異人館街、須磨離宮公園)、京都市(八坂神社前ほか市内の路上)で真田ら主要キャストによるロケーション撮影が行われた。

5月13日にランタオ島での海上シーンの撮影。仇を追ってモーターボートで島に向かうシーンの撮影を予定していたが風が強く波も高かった。スタッフが鈴木監督に「吹き替えでやりましょう」と進言。真田は「香港くんだりまでロケにきて、吹き替えを使われたんじゃ、アクション・スターの名前に傷がつく」と怒り、「桃山城の天守閣(セット)から飛び降りたことを考えりゃ(『忍者武芸帖 百地三太夫』での撮影)、どうってことないですよ! 」と必死に鈴木に食い下がった。真田はどんな危険なシーンでも一度も吹き替えを使ったことはなく、一度でもスタントマンを使えば、映画を観るお客さんは「あれは別の人がやってるんだ、と思うに違いない、中学からJACに通い苦労したことが水の泡になってしまう」という自身のアクション・スターとしての誇りから鈴木を説き伏せた。モーターボートは時速80キロで吹き飛ばし、水煙で前は見えず、カメラも追えないスピードだった。撮影終了後はパンツまでぐっしょり濡れた。

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