下落合焼とりムービー

下落合焼とりムービー (1979)

公開日
1979-06-23
上映時間(分)
1時間26分
ジャンル
コメディ
監督
山本晋也

キャスト

豆知識

『下落合焼とりムービー』(しもおちあいやきとりムービー)は、1979年(昭和54年)6月23日公開の日本映画である。漫画家の赤塚不二夫が企画・脚本(いずれも共同)を手掛け、赤塚不二夫・所ジョージ主演、山本晋也が監督を務めた。チーフ助監督を滝田洋二郎が務めている。

製作

1977年に「演歌チャンチャカチャン」という歌が流行ったことで、にっかつが便乗映画『ポルノ チャンチャカチャン』を企画し、山本晋也が原悦子主演で同作を撮った。このとき、山本が大ファンだった赤塚不二夫に「ポスターを書いてもらえませんか」と直に頼み、赤塚が快諾し、ここで山本と赤塚に付き合いが生まれ、赤塚を囲む「面白グループ」に山本が加わることになった。「面白グループ」とは新宿二丁目の「ひとみ寿司」という寿司屋に赤塚を囲む集団で、このグループを中心に渋谷公会堂でステージ・ショーをやったり、『空飛ぶかくし芸』(住宅新報社、1977年)という本を出したりしていた。1978年の9月半ばのある日、赤塚が「3000万円欲しいなあ、それだけあればうんと面白いスラップスティック・コメディの映画が出来るぞ」と話した。

それから20日後、山本が新生にっかつでの製作OKをほぼ決め、にっかつにしては大作の製作費1000万円を勝ち取った。それまでの山本が製作した映画はほとんど300万円以下であった。このとき、にっかつの奥村幸士プロデューサーが『フレンチ・コネクション』のもじり、『ハレンチ・コネクション』とサブタイトルを付け、『下落合焼とりムービー ハレンチ・コネクション』というタイトルを提案した。「ハレハレ」だの「ムレムレ」だのといった言葉が入らないけでもマシと安心したが、ロマンポルノ路線のにっかつでやる以上、ポルノシーンがなければならないという条件を言われ、最初はそれでもいいと考えていたが、所は当時、女子学生に人気があり、それでは所のファンが観てくれないし、予算的に無理なのではという意見が出て話が流れた。

『赤塚不二夫のギャグ・ポルノ 気分を出してもう一度』の封切り前に、所の主演映画の話が「面白グループ」でぶり返した。1977年12月に岡田茂東映社長が、東映セントラルフィルムを設立し、配給第一回作品は山田典吾監督の『春男の翔んだ空』だったが、製作第一回作品は、岡田社長の企画『生贄の女たち』を最初は予定していた。同作は『ディープ・スロート』で32センチとも36センチともいわれる巨根を持つポルノ男優として有名になったハリー・リームズを日本に呼んで大和撫子をヒイヒイ言わすというコンセプトの映画であったが、製作が難航し、東映セントラルフィルムの第一回製作作品は、松田優作主演・村川透監督の『最も危険な遊戯』になり『生贄の女たち』は第二弾になった。

1979年6月、東映セントラルフィルムを設立した岡田茂東映社長が、今度は若手プロデューサーや監督に活躍の場を与えようという目的で、ATGの商業映画版である東映シネマサーキット(TCCチェーン、以下TCC)という新たな東映の配給網を作り、その旗揚げ作として向井から山本の元へ「面白グループ企画、所ジョージ主演でコメディ映画を作らないか」という話が舞い込み、「面白グループ」の集大成的な映画、『下落合焼とりムービー』が東映での製作が決まった。山本は「ひとみ寿司で赤塚先生が酔っ払って口癖のように繰り返した『3000万円あればスラップスティック・コメディ映画が作れるのに』が現実になってしまった」と話しているが、高平哲郎は「予算1500万円」と述べている。岡田東映社長は1978年11月に『宇宙からのメッセージ』の全米公開に立ち会うため渡米した際、『アニマル・ハウス』のようなB級作品がニューヨークでジャンジャンお客を入れ込んでいるのを観て、「こりゃうちの『聖獣学園』じゃないか。

1979年5月9日、銀座東映会館屋上で「出産披露宴」なる製作記者会見が行われ、スタッフとこの時点で出演が決まっていたキャストによる焼とりパーティが開かれた。当時東映会館の屋上は夏場に東映アサヒビアガーデンを営業していた。脚本などがまだ固まっておらず、チャンバラトリオ出演の発表もあり、「若い映画ファンは単純に笑える映画を求めている。『ケンタッキー・フライド・ムービー』や『Mr.Boo!ミスター・ブー』が大ヒットしたのもその結果です。そこでコメディを撮ろうと決まった」「主人公は所ジョージ。高校を舞台とした学園ものです」「この顔ぶれですから、シナリオも現場でコロコロ変わるだろうし、どんな作品になるか見当もつかない」などと発表された。また主人公・下落合焼とり人間のキャラクターは明確になっているとし、7つの顔ならぬ、次の7ヶ条を備えた男で、①教養は敵だ、漢字は知らなくていい。英語は喋れなくていい。行動あるのみ。②流行に軽くのれ。根城は原宿・赤坂・六本木。遊び場は湘南・軽井沢。③あくまでも軽薄に。

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