道

道 (1986)

A married long-distance truck driver falls for a significantly younger waitress at a roadside diner. Their affair brings tragedy to themselves and those around them.

公開日
1986-09-06
TMDB
1.0 / 10 (2)
上映時間(分)
2時間13分
ジャンル
ドラマ, ロマンス
監督
蔵原惟繕

キャスト

豆知識

『道』(みち)は、1986年に公開された東映=仕事製作・東映配給の映画作品。1956年のフランス映画『ヘッドライト』のリメイクである。フェデリコ・フェリーニ監督の『道』のリメイクではない。

製作

企画は東映プロデューサーの日下部五朗と本田達男。日下部や本田の世代はフランス映画などのヨーロッパ映画に感銘を受けた世代で、『ヘッドライト』が特に好きな二人が「メロドラマのスタイルの中で、人生を謳いあげる」というプロットは日本に置き換えることが出来ると判断し、大体同じ世代の蔵原惟繕に監督要請を行った。蔵原は戦後10年で作られた『ヘッドライト』を物質が氾濫して豊かになった日本には置き換えられないのじゃないか、と不安を持った。それで『ヘッドライト』の原作『Des Gens Sans Importance(しがない人々)』を読み、『ヘッドライト』のような男と女二人の関係だけに絞ったペシミスティックなメロドラマではなく、原作にある主人公たち以外の周りの人たちも木目細かく描いてみたいと考えた。映画の主題の一つは「お互い他者の痛みを知り、優しさを持ち合わせているのに、人々は不器用で言葉が足りない。そして生活に追われて生きている。そこから起こってくる人間の孤独」と話した。

高倉健を主役として企画されたが、途中から仲代達矢に変更された。高倉は1980年の『動乱』のギャラは拘束期間が長かったこともあり、日本映画では当時の最高額2500万円ともいわれたが、それから5年経った本作企画当時は、一本のギャラ3000万円+唯一の配収の2%程度の歩合とも、5000万円にまで跳ね上がったとも言われ、日本映画で高倉を主役で使うことは難しい状況になっていた。

ヒロインは一部のマスコミに中森明菜と報道されたが、藤谷美和子になった。藤谷は松竹が社運を賭けた大船撮影所50周年記念作品『キネマの天地』のヒロインと本作と撮影が掛け持ちだった。藤谷は感情の起伏が激しくこれまでも各現場をてこずらせて来ており、『キネマの天地』でもリハーサル中に突然涙ぐんだり、気分が乗らないと芝居もウワの空で、渥美清とぶつかるなど、現場に来ない日があり、我慢強い山田洋次監督も新人類にお手上げ。1986年5月、クランクイン二日、一週間で、降ろされた。幸い藤谷の撮影シーンが3シーンで傷を最小限に留めた。代役は新人の有森也実。松竹は藤谷の降板理由を「『道』とのスケジュール調整が困難」と発表したが、『道』はこの時点で撮影は終わりかけだった。

仲代達矢は若いころから、ジャン・ギャバンの大ファン。それだけに役を引き受けてから撮影に入るまで役作りに悩んだが「考えようによっては『ハムレット』をいろんな役者が演じるのと似たようなもの。ギャバンと比較されるのは承知の上で、ぼくのカラーを演じるしかない」と決心した。ジャン・ギャバンが『ヘッドライト』に出演した51歳に年齢も近く「53歳の今だからこそ、仕事も家庭も峠に差し掛かった男の気持ちがよく分かる。若い女がすきま風のように入ってきたときの狂い方なんて、この年にならないとわからないでしょうね。今回は徹底的に受けの芝居で、不器用な男の戸惑いを出したい。偉大なギャバンの役を演じられて幸せな気分です」などと話した。

蔵原監督が仲代と話し合い、芝居を極力抑えましょうと決めた。蔵原は「仲代さんの新しい領域なのでは」と話した。

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