太平洋の翼

太平洋の翼 (1963)

敵の本土上陸も時間の問題となった昭和19年。戦局打開に向け、優秀な荒鷲たちを集め新鋭戦闘機“紫電改”を操る三四三航空隊が編成される。昭和20年3月、敵の大機動部隊に対し熾烈を極める大空中戦の末、多大な戦果を収める。しかし苦しい戦いを強いられる中、若き飛行士たちはそれぞれの思いを抱えひとり、またひとりと大空に散ってゆくのだった……。

公開日
1963-01-03
TMDB
7.0 / 10 (3)
上映時間(分)
1時間41分
ジャンル
アクション, ドラマ, 戦争
監督
松林宗恵

キャスト

豆知識

『太平洋の翼』(たいへいようのつばさ)は、1963年(昭和38年)1月3日に公開された日本の戦争映画。製作・配給は東宝。監督は松林宗恵。

製作

茨城県霞ヶ浦ではセット撮影、宮城県仙台市では飛行機の空中戦場面、神奈川県横須賀市や広島県呉市では港の撮影、東京都八丈島ではラバウルでの駐屯地シーンなどがそれぞれ行われた。

撮影前には、俳優らに対し元操縦士らから操縦の指導が行われた。千田のモデルである源田實も製作に協力しており、源田と対談する機会のあった佐藤允は後に『連合艦隊司令長官 山本五十六』(1968年)で源田を演じた。

紫電改の実物大セット、対空銃座や管制塔まで再現した松山基地の野外セット、戦艦大和の模型や空戦シーンなどが精巧に作りこまれており、円谷英二の特撮技術が映画全編に反映されている。劇中の軍艦役で潜水艦「くろしお」、魚雷艇10号、護衛艦「ゆきかぜ」など、当時の海上自衛隊護衛艦が多く登場している。

本作品は、戦後初めて本格的な空中戦を描いた映画である。空中戦の撮影に使用された戦闘機のミニチュアは約300機におよび、特撮ステージでの操演のほか、屋外でラジコン機やUコン機を用いての撮影も行われた。松山基地から紫電改が飛び立つシーンでは水を抜いた大プールを使用し、レール上に設置した紫電改のミニチュアのワイヤーをトラックに引かせている。

戦艦大和のミニチュアは1/15スケールのものが作られ、山中湖上で撮影された。このミニチュアは造船所で作られ、内部には自動車用の360ccのエンジンを搭載している。紫電改から見た大和の描写はヘリコプターを用いて撮影されたが、淡水ゆえに水の透明度が高く艦底まで写ってしまったため、多くは使えなかった。

Wikipediaで続きを読む · テキストはWikipedia、CC BY-SA 4.0。データはWikidata。

おすすめ