怪竜大決戦

怪竜大決戦 (1966)

忌まわしき宿命自雷也VS大蛇丸激震!

特撮で放つ大忍術アクションの決定版!天に轟き大地を揺るがす四大怪獣・巨竜、大がま、大ぐも、大わしを東映京都撮影所の特撮陣が見せる一大スペクタクル。悪家老・結城大乗の謀叛によって滅びた城主の若君・雷丸が蟇道人のもとで忍術を修得。自雷也を名乗り、強敵・大蛇丸を向こうにまわして大忍術合戦を展開する。

公開日
1966-03-05
TMDB
6.4 / 10 (7)
上映時間(分)
1時間25分
ジャンル
ファンタジー, アクション
監督
山内鉄也

キャスト

豆知識

『怪竜大決戦』(かいりゅうだいけっせん)は、1966年(昭和41年)12月21日に公開された日本の特撮映画。製作は東映(東映京都撮影所)、配給は東映。

製作

当時の東映京都撮影所長・岡田茂が1966年7月公開の『大忍術映画ワタリ』のヒットを受け、時代劇復興の望みを込め、時代劇の一路線として「特撮シリーズ」の路線化を決めた。特撮娯楽時代劇第二弾『冒険大活劇 黄金の盗賊』に次いで、第三弾として本作を企画した。製作発表は1966年夏で『冒険大活劇 黄金の盗賊』『怪竜大決戦』は同時に製作発表があり、『冒険大活劇 黄金の盗賊』は仮タイトルを『黄金島』、本作は『自雷也』と発表していた。

岡田は本作の企画経緯について「『怪竜大決戦』の主人公自来也というのは、かつて時代劇初期のスター尾上松之助の当たり芸で、同時に"活動写真ファン"を飛躍的に増加させた作品だった。しかし、当時は特撮技術が未熟で、ストーリーの面白さを充分に活かし切れなかった、今日の特撮技術を持ってすれば、もう一度"忍術ブーム"を招来することが出来ると信じている。配役的にはスポーティな魅力を持つ松方弘樹がその中心になる」「『自雷也』はテレビで放映した作品中に『妖蛇の魔術』が視聴率20%以上というのにヒントを得て、時代逆行的ではあるが、映画化に踏み切った。何と言っても時代劇復興は東映が本家と照れずに理屈抜きで面白い作品を作っていきたい」などと話した。『妖蛇の魔術』が何なのかは分からない。監督の山内鉄也は、岡田が人員整理のため、ベテランスターや監督、脚本家を辞めさせて、ギャラの安い若手監督起用の方針により監督昇進した人で、当時岡田は「ひとりひとり、ぼくは巨匠たちに頼んで歩いた。

『ワタリ』よりも上の年齢層の観客を狙っていたとされ、同作品のような漫画的な演出は控え目となっている。

制作は東映京都撮影所で行われ、キャスティングは時代劇の重鎮が顔を揃えている。同年の『大忍術映画ワタリ』で悪役を演じた大友柳太朗と天津敏のコンビが本作でも悪役を演じている。

原典での綱手は蛞蝓に化身するが、本作では当時人気であった小川知子が演じるには相応しくないとして蜘蛛に変更された。小川は東映から"青春路線"をやるという約束でスカウトされたが、青春ものは1本もさせてもらえず。「変な映画ばかりさせて約束が違う」と腹を立て、東映を退社した。小川は1975年に『週刊ポスト』の連載「松方弘樹の突撃対談」に招かれ本作で共演する松方と対談、小川「とにかく遊びという遊びは全部お兄ちゃん(松方)に教えてもらったもん。感謝しなくっちゃ。17歳くらいじゃないかな、お兄ちゃんと一緒に仕事してたの。変な時代劇ばっかりやってたわね。この間、テレビでリバイバルやってたわ」 松方「見たの?」 小川「見た、見た(笑い)」 松方「やめろよ、オレ恥ずかしくってさ、嫌なんだよ」 小川「何だっけ?忍者映画みたいなの、怪獣みたいなの出てサ」 松方「この間もテレビでやっててさ。おふくろが『見なさい、見なさい、やってるわよ』っていうんだ。もう恥ずかしくってさァ」などと話した。

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