恐竜・怪鳥の伝説

恐竜・怪鳥の伝説 (1977)

恐竜 怪鳥の伝説

日本全土を震度100で突き上げる驚異の大パニック巨編!

プレシオザウルスVSランホリンクス!神秘の富士五湖に潜む前世紀の謎!1977年夏。神秘のベールに包まれた富士の青木ヶ原樹海で事件は起こった。やがて巻き起こる異変の数々…。化石収集家・芦沢節が見たものは果たして何か?雄大な富士を舞台に展開するミステリアスアドベンチャー。パニック映画ブームに沸く70年代に空前の巨費と時間をかけ、世界市場をターゲットに製作した神秘と驚異の特撮巨編。

公開日
1977-04-29
TMDB
4.6 / 10 (33)
上映時間(分)
1時間32分
ジャンル
サイエンスフィクション, ホラー
監督
倉田準二

キャスト

豆知識

『恐竜・怪鳥の伝説』 は、1977年(昭和52年)4月29日に公開された特撮映画。製作は東映(東映京都撮影所)、配給は東映。カラー、ワイド。上映時間は92分。

製作

東映作品が海外で売れるようになったのは、岡田茂が社長に就任して海外販売に力を入れるようになって以降で、1974年頃から岡田が「これからは東映も輸出映画を作って稼いでいかなければいけない」と決心し、映連幹部として海外の映画祭や見本市などで日本代表団団長を務める機会も増え、洋画の買い付けと合わせ、千葉真一や志穂美悦子らのカラテ映画、『新幹線大爆破』、マンガ映画などを自ら海外各国へ売り込んでいた。

この過程で「海外では一風変わった仕掛けのものに食いつく」「後進国には娯楽映画しか受けない」「これまでのヤクザやポルノだけではなく、企画に幅を持たせねばならぬ」「日本映画は開拓すれば大変な市場になる」などという感想を持った。また洋画配給会社の幹部と付き合いを深め、洋画をよく研究し、『ジョーズ』も地方の東映封切館で上映を命じていた。岡田は「アメリカ映画で流行ったものは、必ず何ヶ月後に日本で流行る。洋画で流行っているものは、必ず邦画にもその流れが来るはずだ」という持論であったため、特にアメリカで『ジョーズ』など、それまでの西部劇やミュージカルなどとは全く違う特異な傾向を現すパニック映画やホラー映画ばかりが掛かる現実を見て、「日本も方向を大きく変えないといけない、それにはトップが頭を切替なくてはならない」と意を決し、「洋画のヒット作の趨勢と呼応する"話題性"を軸にした"見世物映画"を作りたい」と考え、製作部や国際部との打ち合わせで、「怪獣映画が一番いけるだろう」という結論に達した。

矢島信男は『ジョーズ』の日本公開中に岡田から「特撮ものを作りたいという相談を受けた」と証言している。実録路線、アクション映画の行きづまりがあり、『犬神の悪霊』とともに、1977年の異色作として製作を決めた。本作品と同時期には、同じく『ジョーズ』への便乗を意図した『大冒険活劇・海魔神』も企画されていたが、こちらは実現には至らなかった。

これまで天才的な閃きで幾多のヒット作を生み出し、東映の危機を救ってきた同社社長・岡田茂の、アイデアが枯渇したその一本が本作品である。「洋画のあれ、面白かったから焼き直せ」それがこの当時の岡田の口癖だった。『スター・ウォーズ』が1978年夏の日本公開までには一年のブランクがあることを知り『宇宙からのメッセージ』を製作。『エクソシスト』や『オーメン』といったオカルト映画がブームになれば「ええ企画思いついた。『地獄』やれ」。『ジョーズ』の大ヒットで動物パニック映画が流行れば「『恐竜・怪鳥の伝説』なんて題名。おもろいやろ。やれ」と思い立ち、本作品の製作に至った。『地獄』『恐竜・怪鳥の伝説』両作品の製作責任者だった翁長孝雄は「ヒモで恐竜を引っ張っているのが見え見えで、恥ずかしかったですよ。どちらも、おそろしいほどコケました。『なんやこの企画』と思っても、社長企画だから断れないんですよ。かなり勇気がないと」と述べている。

1976年10月にクランクインし、鈴木則文監督の『ドカベン』との二本立てで1977年のゴールデンウィーク公開は1976年中に決まった。製作が公表されたのは1977年1月18日に東京プリンスホテルで東映が関係者を集めて年賀パーティを行った席で、当時東映は年間や半年のラインアップを発表していなかったが、1977年に年間配収百億円に挑戦する意味もあり、1977年の年間ラインアップを発表し、この中に『恐竜・怪鳥の伝説』のタイトルも公表された。岡田は「冒険主義と常識主義をないまぜていく。冒険主義の例は『恐竜怪鳥の伝説』、これは世界にも売れるだろう」と話した。業界関係者からは「『恐竜怪鳥の伝説』は東映の路線脱皮の一つの表れ。1977年年間ラインアップを見るとスター・システムにはそれほど依存せず、東映洋画との連携プレイも今後増え、東映独自の路線は薄くなるのでは」と見られた。

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