イタズ -熊- (1987)
Hunting master Ginzo kills a man-eating bear. When he finds out the bear had a cub, Ginzo decides to raise the cub, but the bear later becomes a troublemaker.
キャスト
- 田村高廣 — Ginzo Iwata
- Junko Sakurada — Kimi Iwata
- Hiroshi Miyata — Ippei Iwata
- 佐藤B作
- Takao Yaguchi
- 樋浦勉
- 小島三児
- 長谷川弘 — Sano
- 草薙幸二郎
- 江幡高志 — Miner A
- 吉原正皓 — Bodyguard A
- 中田博久 — Miner B
豆知識
『イタズ 熊』は、1987年に公開された東映=こぶしプロダクション製作、東映配給による日本映画。
製作
本作は東映岡田茂社長の肝煎り企画だった1990年の日ソ合作映画『オーロラの下で』の製作過程で生まれた映画である。
岡田は1972年に東映洋画を設立して以降、ソ連と商売上の取り引きが生まれ、ソ連との合作映画の製作に意欲を燃やした。1980年の『甦れ魔女』でそれは実現されたが、興行は大失敗。しかしこれに懲りず、シベリアオオカミの企画を立て、1983年5月に構想を発表し、仮タイトル『シベリア狼』としてソ連サイドに打診し、1984年2月にソ連モスフィルムと合作合意に至ったが、同年5月のミハイル・ゴルバチョフソビエト連邦共産党書記長就任と同時にペレストロイカによって、従来の映画製作者が交代し、新政権の合意が必要となり製作が難航、1987年5月に再度、新政権の合意を得なければならなくなった。ソ連サイドから後藤俊夫の監督は了承を得ていて、岡田や製作を指揮させた矢部恒プロデューサー、後藤や脚本の大和屋竺らが調整のため、何度もソ連に足を運び、後藤は製作に入るまでに8回ソ連に渡航しており、かなりお金を突っ込んでいた。
1985年春から1987年4月まで、実質的な撮影は約1年。秋田県内で長期ロケを敢行。撮影は秋田県の阿仁町(現北秋田市)、南秋田郡五城目町北ノ又・蛇喰地区。
当地での撮影は1986年4月20日から5月7日までと、以降断続的に撮影を続け、ロケ述べ日数は120日を予定。撮影には地元町職員や子どもたちがエキストラとして参加し、撮影資材の調達等、撮影に協力した。
桜田淳子の職場設定の撮影は、鹿角郡小坂町小坂鉱山。阿仁町を舞台にしたマタギ映画は他に同じ後藤俊夫監督による『マタギ』(1982年)もある。
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