首領を殺った男 (1994)
Horai serves an 18 year sentence for killing a rival boss, but right before his release he is attacked.
キャスト
豆知識
『首領を殺った男』(ドンをとったおとこ)は、1994年5月14日公開の日本映画である。製作・東映京都撮影所、東映ビデオ、配給・東映。
製作
1993年暮れの東映社内会議で岡田茂会長から「あまりに客が入らないからヤクザ映画をやめよう」「当たらないもの、赤字を生むものは作らぬよう」という指示が出た。ヤクザ映画は一定のファンを持ち、ビデオの売上げも良いため、年1~2本の製作が続けられていたが、1993年に公開された『継承盃』『極東黒社会』『修羅場の人間学』が惨憺たる結果に終わり、特に『修羅場の人間学』は記録的な不入りを記録した。事態を憂慮した岡田の発言に一部のマスメディアが「東映がヤクザ路線撤退」と報道し、騒ぎに火が点いた。高岩淡東映社長も「これは岡田会長の励ましの言葉。公式発言ではない」と否定したが、「努力してダメなら決断しなければならない」と話し事態の深刻さを物語った。
東映がやくざ映画から撤退するという風聞は新聞の大見出しにもなった。脚本の高田宏治は1993年の暮れ、仕事場のある京都岡崎公園を歩いていたら、近くに邸を構えていた俊藤浩滋に「高田くん」と声を掛けられた。俊藤は東映を退社して長かったが、レンタルビデオを山のように抱えてまだまだやる気満々。「岡田は極道の映画をやめる言うとるそうやないけ、違うメシ喰って、そんな簡単に生きていけると思うとんのか、わしはまだまだ色々と考えとるしな」と意気盛んに言った。高田が脚本を書き始めたのはやくざ映画撤退報道のまえで、『民暴の帝王』で書いた利権闘争は一切排除して、神秘的でストイックなやくざを、この時代の一般市民社会の中の浦島太郎として書いた。これが華々しく不評で、やくざ映画撤退報道の影響で長く製作が中断。中島貞夫が監督に抜擢されると、中島特有の一刀両断の如き意見を採り入れ、1994年の正月返上で高田が書き上げたものが決定稿になった。
このような状況の中、1994年1月26日にクランクイン。京都撮影所では「これが最後かも知れない」と危機感を強め、本社サイドも「これが失敗したらヤクザ映画をやめる」と言明したため、「日本映画最大の路線が30年でピリオドを打つか!?」などとマスメディアが書き立て、日本のマスメディアだけではなく、『ワシントンポスト』までが報道するほど騒ぎが拡大した。出演者も「この作品を最後のヤクザ映画にしてはならない」と並々ならぬ意気込みで取り組んだ。製作費5億円。
松方が『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』に出演中で撮影クルーが松方の姿を追った。松方は大人気で、ロケで松方を見ると見物人が皆笑い、中島貞夫は「ヤクザ映画をやるには辛い」と話した。菅原文太や梅宮辰夫、山城新伍はオファーがないにも関わらず自ら売り込んで出演した。
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