宮本武蔵 巌流島の決斗

宮本武蔵 巌流島の決斗 (1965)

剣を極め、幾多の敵を倒し、今また宿敵・佐々木小次郎の待つ巌流島へ。

公開日
1965-09-04
TMDB
7.2 / 10 (13)
上映時間(分)
2時間0分
ジャンル
アクション, ドラマ, 履歴
監督
内田吐夢
シリーズ
宮本武蔵 (内田吐夢監督) シリーズ

キャスト

豆知識

『宮本武蔵 巌流島の決斗』 は、1965年(昭和40年)9月4日公開の日本映画である。東映製作・配給。監督は内田吐夢、主演は中村錦之助(萬屋錦之介)。富士フイルムカラー、東映スコープ、121分。

製作

シリーズの企画者である岡田茂東映京都撮影所所長は、時代劇から任侠路線の切り換えを決断しており、多くの時代劇シリーズを中止させた。本シリーズも中止を決めていたが、鈴木尚之らが岡田に頼み込み、製作費を大幅に削った上で製作を決めた。巌流島なしの宮本武蔵になるかもしれない危機だった。

1965年3月29日にあった製作記者会見でのタイトルは『宮本武蔵・完結編』であった。

1964年8月に山城新伍とともにハワイから拳銃を持ち帰り、ヤクザに譲渡した罪で、1965年2月に京都地裁から懲役8ヶ月(執行猶予3年)の判決を受けた里見浩太朗は、『日本侠客伝 浪花篇』以降、実質干されていたが、静岡の禅寺に籠る里見を見た中村錦之助が、内田吐夢監督に里見の起用を進言した。錦之助が主演した『ちいさこべ』や『冷飯とおさんとちゃん』の原作者である山本周五郎が、里見のデビュー当時からのファンで、山本が錦之助に「里見を助けてやれないか」と頼んだといわれる。

1965年4月、滋賀県饗庭野でクランクイン、1965年6月末、クランクアップ。内田は巌流島の波にこだわっていたが、予算の大幅削減で海でのロケは叶わず、巌流島の決闘は滋賀県琵琶湖畔の近江舞子を巌流島に見立てて撮影された。内田監督は体調が悪く、酸素ボンベを持った私服の看護婦が付き添うこともあったという。

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