遠雷

遠雷 (1981)

未来を告げる雷鳴に揺らぎまろぶ現代の青春ー。

父も兄も家を出て母と祖母との3人で暮らす満夫は、日々の鬱憤をトマト栽培で紛らわしていた。ある日、彼に見合いの話が舞い込む。相手のあや子という女性と順調に交際を進めていたが、突然父親が帰ってくる。さらに追い打ちをかけるような事件が相次ぎ…。

公開日
1981-10-23
TMDB
6.8 / 10 (12)
上映時間(分)
2時間15分
ジャンル
ロマンス, ドラマ
監督
根岸吉太郎

キャスト

豆知識

『遠雷』(えんらい)は、立松和平の1980年の小説。野間文芸新人賞を受賞。栃木県宇都宮市を舞台に、都市化されていく近郊農業の欲望や矛盾が噴き出ていく様を描く。「遠雷」「春雷」「性的黙示録」「地霊」と続く4部作の第1作に当たり、全体として都市近郊の農村青年の絶望的な状況を描いている。本項目では、これを原作とした1981年の映画についても記述する。

製作

何人もの監督が映画化権を争った。日活でも一般映画で立松和平原作の何かを映画化したいという構想が上がり、日活企画部の佐々木志郎と岡田裕が、松田優作で『ブリキの北回帰線』が出来ないだろうかと、松田が当時所属していた夢屋事務所の代表・笹岡幸三郎に打診した。しかし企画はまとまらず、『遠雷』をやることになった。ATG代表の佐々木史朗は、本作を根岸吉太郎の監督デビュー作にしたかったが、待ってる間に根岸が7本撮ってしまい、結果的に根岸の監督8作目になった。根岸も『ブリキの北回帰線』を映画化したいと考えていたため、ようやくオファーを受けた。

根岸は地方に対する思い入れはなかったが、描きたい人がたまたま農村にいたことで舞台が栃木になった。脚本の荒井晴彦とは、以前から組みたいと思っていたという。

花村あや子役の石田えりは『プレイガイドジャーナル』1982年9月号のインタビューで「『ウルトラマン80』は楽しかったんだけども、ふと我に帰ったときね、『キャップ、怪獣が現れました』だなんてね。『何とバカなことを』と、そんな風に思うことが何度かありましたよ。『遠雷』が初めてですね。『お芝居をしてるな』と思ったのは。私は『遠雷』で演技開眼しました。『遠雷』は映画化が決まる前から原作を読んでて、あの役はやりたいなと思ってて、『事務所に企画を出してくれ』とお願いしていました。『ATGでやる』と聞いて『ヤッタね』と思いましたね」などと述べている。また脱ぐシーンの撮影の日は「そんなに脱がなくてもいいんじゃな」と甘い考えで現場に行ったら、想像をはるかに超える脱がされ方をされたと話している。

賛否両論を呼んだのがビニールハウス内でのジョニー大倉の独白シーンの長回し。実際には1カットではなく、3カットであるが、カメラは永島敏行の視点で正面からのカメラでジョニー大倉が延々と喋り続ける。根岸は「ずっとカメラがある方が力を生むんじゃないかと、聞いてる永島君と、観てる人が同じ気持ちになれるんじゃないかなという...それに賭けてみた」と話している。本作を鈴木尚之を団長とする日本シナリオ作家協会の代表団が中国雲南省の山奥まで持って行ってシンポジウムを開いたが、このシーンを中国の映画人が辛辣に貶し、鈴木が「こんな名作をこのまま言われっ放しじゃ帰れない」と昼食を挟んでシンポジウムを続け、いかに狙いとしてこれが素晴らしいか、中国の映画人を説得したという。

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