TATTOO[刺青]あり

TATTOO[刺青]あり (1982)

刺青 あり

宇崎竜童、死亡。検死報告、刺青あり。

特に1980年代前半、若手映画監督たちに活躍の機会を与えたATG。本作はそれまでピンク映画を多数手掛けていた高橋伴明監督が初の一般映画に取り組み、1979年に大阪で起きた銀行強盗事件をモデルにした、この頃のATGならではの衝撃作。人気ミュージシャンだが俳優業にも進出していた宇崎竜童が、暴力しか自己表現の手段を持たない、悲しい主人公役で迫真の熱演を見せつつ、渡辺美佐子が息子を愛するその母親役を好演。また当時、関根恵子名義だった高橋惠子が、高橋監督と本作で出会い結婚した。 広島出身の竹田明夫は少年時代、強盗殺人事件を起こして入った少年院から退院後、大阪に渡り、パーマをかけ、胸に刺青を入れキャバレーのボーイになった。店の人気ホステス三千代を強引にくどき交際するように。30歳になるまでにとにかく自分の名前を売りたいという明夫の突拍子もない願いは、彼を犯罪計画に駆り立てる。あまりに暴力的過ぎる明夫に愛想を尽かした三千代はあるヤクザと交際するように。もう誰も頼れなくなった明夫は単独で銀行強盗をしようと計画を練る。

公開日
1982-06-05
TMDB
5.7 / 10 (7)
上映時間(分)
1時間48分
ジャンル
ドラマ, 犯罪, ロマンス
監督
高橋伴明

キャスト

豆知識

『TATTOO<刺青>あり』(タトゥーあり)は、1982年(昭和57年)に公開された日本映画。

製作

生まれたのは京都だが、東京人の宇崎竜童に西日本出身のアクの強い梅川昭美が演じられるのか懸念する声もあったが、宇崎は役柄をよく理解して熱演した。宇崎と高橋は新宿ゴールデン街の飲み仲間。飲みの席で「顔が似てるよなあ」と出演オファーされた。宇崎はこの年、10年以上、いかなるときでも外したことのなかったサングラスを外した。理由として「時が流れ、サングラスは弱いヤツでも強く見えることが一般的にも分かってしまい、つまらなくなったこと」、「無理にはったりをかましてやることはない。素顔で勝負できないならこの先やっていく必要はないと悟ったから」などと述べた。しかし映画の出来上がりを見てビックリ。「狂気のキョの字もないのよ、ぼくの顔に。こいつが銀行で『ソドムの市』を知ってるか!、て言葉を吐き、なおかつそれを行動に表してしまう男かいな、まずいなあって思った。スクリーンのぼくは幸せな家庭に育った正常な顔をしてる。しかし監督はOKっていうんだよ。

関根恵子は、1981年の日活ロマンポルノ『ラブレター』で中村嘉葎雄と濃厚なファック演技が評判を呼び、にっかつの興収新記録を作った。この実績により各社引っ張りだこになり、本作も最初はにっかつで製作を予定し、関根は本作と『火の蛾』(池田敏春監督を予定していた)の両方出演を予定していた(死んでもいい (1992年の映画)#製作参照)。本作は配給がATGに変更されたことで、監督の高橋伴明はまだ無名だったこともあり、当初は東京一館のみの上映予定だったが、関根の『ラブレター』での実績もあって前評判も高かったことから、全国20館以上での拡大ロードショーが決まり大ヒットした。更なる関根恵子の魅力を引き出そうと『火の蛾』が1982年7月中旬クランクイン、9月に東映系で公開と報道されたが、関根が降板し、企画も流れた。『火の蛾』は『死んでもいい』とタイトルを変え、1992年に大竹しのぶ主演・石井隆監督で製作されている。

関根は1979年7月20日に舞台公演をすっぽかし、当時の恋人・河村季里と手に手を取って逃避行。芸能記者が必死に追跡もなんのそので、東南アジアバンコクから中近東へ111日間の道行きとしゃれこんだ。帰国後の記者会見で関根は逃亡した件について報道陣から質問を浴びせられたが、「罪滅ぼしの気持ちで出演する。大したことを犯したとも思ってない」などと開き直った。関根は役作りなどの打ち合わせで連夜、高橋監督や宇崎らと飲み歩き、関根があまりにツッパるため、高橋に平手打ちを喰らわされてもなお降板はしなかった。

高橋は当時無名で、ピンク映画の監督作品に舞台やブラウン管で活躍する大女優・渡辺美佐子が出演することも当時のマスメディアに大きく取り上げられた。渡辺は「あの事件のとき、現場にやってきて息子を説得できず、よろよろと路地裏を歩いていた梅川の母親をテレビ報道で見たときの記憶が強すぎて、この役を引き受けるのにとても迷いました」と話したが、映画関係者はその理由に加え、高橋伴明の監督としての力量にも迷いがあったのではないかと見ていた。

銀行立て籠りシーンを一切描かなかったことで、事件そのものより主人公のキャラクターがより鮮明に浮かび上がった。自己主張の極めて強い"ええ格好し"の男が、犯行に至るまでの軌跡をクールに描いたのは高橋監督の作風。高橋監督はピンク映画の撮影を半年休み、本作に賭けた。

Wikipediaで続きを読む · テキストはWikipedia、CC BY-SA 4.0。データはWikidata。

おすすめ