新版大岡政談 第一篇

新版大岡政談 第一篇 (1928)

Silent Japanese film.

公開日
1928-05-31
TMDB
8.0 / 10 (1)
監督
伊藤大輔
シリーズ
Shinpan Ôoka seidan

キャスト

豆知識

『新版大岡政談』(しんぱんおおおかせいだん)は、1928年(昭和3年)公開の伊藤大輔監督の映画作品。「第一篇」・「第二編」・「解決編」の3部作からなる。製作は日活。原作は林不忘の『新版大岡政談・鈴川源十郎の巻』。

エピソード

無声映画時代、京都の映画界は南禅寺をロケ地として多用した。本作も、この南禅寺で撮影されている。大正末から昭和の初めごろは各社の撮影班が毎日のように押しかけ、二班、三班が各所で撮影することもあったという。

稲垣浩がこの南禅寺にロケに出かけたところ、大先輩に当たる伊藤大輔監督がちょうど本作の大ロケーションの最中だった。このため稲垣は挨拶だけして尻尾を巻いて引き揚げたが、翌日新聞に、伊藤監督が南禅寺の山門(三門)で撮影中、大扉が外れて負傷したとの記事を見て驚いたという。さいわい重傷ではなかったので、責任感の強い伊藤監督は松葉杖をつきながら悲壮なメガホンをとって撮影を続け、これを完成した。

当時映画界では、(南禅寺の山門を巣窟にしたという)石川五右衛門の伝説よりもこの事件が有名になって、南禅寺にロケする者は必ず「伊藤監督遭難の地」と語り伝えた。戦後になっても稲垣は、「天災は忘れたころに来る」という注意の意味で、三十何年前のこの話をロケ隊の者たちに話したという。

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