華の乱 (1988)
はげしく咲いた女ども。やさしく散った男ども。
若き日に親兄弟を捨て、歌の師である与謝野寛と結ばれた晶子は、39歳で11人の子持ち。夫はうつ病を患っていた。そんな中、雑誌「明星」に発表した詩が賛否を呼び、世間に知られるところとなった晶子は、作家の有島武郎と出会い胸のときめきを覚える。
キャスト
- 緒形拳 — Kan Yosano
- 吉永小百合 — Akiko Yosano
- 松坂慶子 — Sumako Matsui
- 池上季実子 — Akiko Hatano
- 風間 杜夫 — Sakae Osugi
- 石田えり — Noe Ito
- 中田喜子 — Tomiko Yamakawa
- 仁支川峰子 — Takino Hayashi
- 成田三樹夫 — Harufusa Hatano
- 蟹江敬三 — Hogetsu Shimamura
- 石橋蓮司 — Shojiro Sawada
- 内藤剛志 — Kyutaro Wada
豆知識
『華の乱』(はなのらん)は、1988年に公開された東映京都撮影所製作・東映配給による日本映画。永畑道子の小説『華の乱』『夢のかけ橋』に材を得て、深作欣二が撮った劇映画。原作に倣い、主人公・与謝野晶子の視点から大正時代の社会運動、芸術運動の群像を描いている。
製作
企画は当時は俳優兼フリーのプロデューサーだった岡田裕介。1985年頃から吉永小百合の記念すべき映画出演100本目を巡って、映画界も注目し、東映、東宝、吉永の古巣にっかつ、各映画プロダクションで争奪戦が繰り広げられていた。「吉永小百合が東映で演じる役は強い女が望ましい」という岡田の意向で吉永に合う素材を探し、1985年に永畑道子原作で与謝野晶子と有島武郎の秘めた恋が書かれた『夢のかけ橋 晶子と武郎有情』が出版され、これを岡田が読み、吉永主演でやりたいと東映に企画を提出した。岡田は吉永主演、脚本を早坂暁、監督を深作欣二でやってみたいと1987年に深作に打診したら、深作から「ぜひやりたい」と返事をもらい、企画がスタートした。吉永は「100本目は私に合ったオリジナル作品にしたい」と要望していたため、東映では本作と合わせて、オリジナル脚本で女調教師とサラブレッドのさわやかな愛を描く『サラブレッド物語』(仮題)の二本を有力候補として企画していた。
1987年春に映画化が公表され、このときは吉永と深作監督の初顔合わせと脚本は早坂暁と発表された。1988年春から撮入予定で、深作は「与謝野と波多野の二組の夫婦の間に有島を置き、人間同士が織りなす情熱のドラマにしたい」などと話した。1987年9月14日に東映本社で行われた東映幹部の対談では、高岩東映専務が「『夢のかけ橋』は深作と筒井ともみで脚本を作っています。『夢のかけ橋』と『忍びの者たち』(『将軍家光の乱心 激突』)で『敦煌』と勝負したいと思っています」などと述べた。総製作費12億円。
深作欣二は「以前なら、到底通らなかった企画が日の目を見られるようになったなあ」という感想を持った。男性アクション映画にこだわってきた深作初の女性主役映画となる。中学時代から与謝野晶子の歌は好きで読んでいたという。また松井須磨子も以前からやりたかった素材だったという。岡田からの要請で自身でも検討し、あの時期の大人たちの、それも作家どうしの愛で、波多野の有島の心中まで発展していく、いかにも時代相を帯びたドラマで面白い素材だと感じた。深作が与謝野と有島を中心に興味を持っていた大杉栄と伊藤野枝、島村抱月と松井須磨子などを登場させて、大正ロマンのアラベスク、一つの群像ドラマを作ってみたいなどと要望した。
どのタイミングで早坂暁が降板したのかは分からないが、深作は自身の要望で「女性の表現者が与謝野晶子像にどうこだわるか、どんな見方を知りたい」と、まず『それから』を書いた筒井ともみと二人でハコ書きをやり、筒井の第一稿が出来た後、第二稿を自分一人で手を入れるつもりだったが、時間がなくて神波史男を助っ人として呼び、二人で第二稿を書いたと話している。深作は「基本的には私の構成で、私のベースです」と述べている。筒井ともみも木村大作も大体同じ話をしている。筒井は「力が発揮できなかった」と話した。神波史男は「筒井ともみさんが書いた第一稿があって勿論読みましたけれど、深作さんとは感性が合わないという気がしたね。それに、深作さんがガンガンとイメージをがなり立てるわけでしょ、筒井さんは恐らく混乱したんだと思うんです。でまあ、京都の旅館にこもって岡田裕介君も交えて徹夜徹夜でディスカッションですよ。岡田君と深作さんは滅茶苦茶ぶつかってました」などと述べている。
吉永小百合は映画出演101本目。製作発表時点で一番の話題は「日本映画界のトップスター、吉永と松坂慶子の初共演だった。吉永と松田優作とは映画では初共演だが、4年前のテレビドラマ『新 夢千代日記』で共演し、息も合った。吉永、松田とも初顔合わせとなる深作は、当初「あまり自信がない」と話していたが、撮影が始まると吉永については「あっけらかんとした人でスターさんらしいとっつきの悪さがない人です」と、松田については「彼はスリリングな俳優さんですね」などと述べた。吉永は劇中、11人の子どもを育てるシーンが随所に描かれるが、『衝動殺人 息子よ』などで何度か母親役を演じたことはあるが、本格的な母親役は本作が初めてである。
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