893 愚連隊

893 愚連隊 (1966)

A bunch of young, angry and penniless misfits are full of great vitality. They aren’t quite up to joining the yakuza and execute a variety of petty scams. After being approached by a yakuza and asked to become a spy for them, they are now planning to take 10 million yen from the yakuza.

公開日
1966-05-15
TMDB
7.0 / 10 (2)
上映時間(分)
1時間29分
ジャンル
犯罪
監督
中島貞夫

キャスト

豆知識

893愚連隊(やくざぐれんたい)は、1966年の日本映画。松方弘樹主演:中島貞夫脚本監督。東映京都撮影所製作、東映配給。

製作経緯

中島貞夫が東映京都撮影所(以下、東映京都)で、ロケ整理をする自称"愚連隊"の男に興味を持ち脚本を書いた。当時は東映取締役兼京都撮影所所長・岡田茂(のち、同社社長)と俊藤浩滋プロデューサーを中心に手掛けた任侠路線が本格化していて、この素材なら企画が通し易いと考え、岡田所長に本企画を提出すると本読みの席で、予想通り愚連隊の話に岡田がピーンときて「行けーッ!」と製作が決まった。「オールロケでやらして下さい」と提案すると「おお、そうせい。白黒やぞ。金(製作費)はあまり出せん。1900万円。好きにやって来い、これをオマエに任せるから」と指示された。岡田所長は「時代劇のメッカ・東映京都で本作を第一作に現代劇路線を敷く」と発表し、「もちろん、時代劇をやめるということではなく、これからは時代劇、現代劇の区別なくなんでもやらなければいけない」「時代劇も、どんどん今日の感覚にマッチしたものを作り上げていかなければ取り残されてしまう。

中島は「現代劇のノウハウは東映京都に全然ないため、若手だけでやらせて欲しい」と要望。松方弘樹は岡田からの推し込みだが、他の主要キャストは中島が決めた。荒木一郎は人から紹介され、近藤正臣は1966年の今村昌平監督『エロ事師たちより 人類学入門』を観て気に入り、広瀬義宣は大部屋俳優だが簡単なオーディションをして決めた。

当時富士写真フイルムから、ASA200という高感度フィルムが発売され、暗いところでもライターだけで顔が映るか、などテストを経て使用。またドイツ製のサイレントARRIというカメラを使い京都駅の構内など全部盗み撮り(ゲリラ撮影)した。あとから製作部が謝って回った。使用したカメラはシンクロがほとんどできず、隠し撮りしてアフレコを行った。撮影所の所内を撮影にはじめて使用した。撮影所本館の部屋を病室にして、向いの棟の屋上から撮影した。中島は「こういうのは全部、俺たちが始めた」と話している。

最初の岡田所長の前での本読みで、「タイトルは"八九三愚連隊"でいけ、いいな」と"八九三愚連隊"という文字をその場で書き念押しされ、「はい」と答えたが、今さら"八九三"じゃ能がないし、愚連隊は断じてやくざじゃない、"ハチ・キュー・サン"の方が語呂もいいと印刷屋に"893愚連隊"と書いて届けた。中島自身は、"はちきゅうさんぐれんたい"と読んでいるという。

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