海難1890

海難1890 (2015)

1890年9月16日未明 全てはここから始まった―

日本・トルコ合作映画。壮大なスケールで贈る真実の物語。二つのエピソードで構成。1890年、和歌山県串本町沖、トルコの親善使節団を乗せた軍艦エルトゥールル号が座礁して大破、海に投げ出された乗組員500名以上が暴風雨で命を落とす。そうした過酷な状況下で、地元住民が懸命の救援活動に乗り出す。それから時を経たイラン・イラク戦争中の1985年、日本政府は危機的状況を理由にイラン在留邦人の救出を断念。テヘランに残された邦人は300名以上。そんな中、トルコ政府は彼らのためにある行動を取る。国境を越えた真の友情を描く感動作。第39回日本アカデミー賞において、優秀作品賞と優秀監督賞をはじめとする10部門で優秀賞を受賞。美術と録音部門は最優秀賞を獲得。

公開日
2015-12-05
TMDB
7.8 / 10 (32)
上映時間(分)
2時間12分
ジャンル
履歴, ドラマ
監督
田中光敏

キャスト

豆知識

  • 製作費:$1500万

『海難1890』 は、2015年制作の映画。日本とトルコの友好125周年を記念して、合作及び朝日放送創立65周年記念作品第2弾、BSフジ開局15周年記念作品として制作された。

製作

本作は、2005年に串本町長の田嶋勝正が、大阪芸術大学時代の同窓生だった田中光敏に、映画化を提案したことがきっかけとなり企画された。田嶋が映画化を提案するきっかけとなったのは、2001年に町長室の「開かずの金庫」からエルトゥールル号遭難事件のトルコ人遭難者の診断書とトルコ帝国政府へ宛てた手紙を発見したことだと語っている。手紙には治療費の支払いを申し出たトルコ帝国政府に対し、治療費の受け取りを断り、トルコ人遭難者の援助を求める旨が書かれており、手紙の内容に感動した田嶋が田中に映画化を提案した。田中は提案を受けた当初は難色を示したが、最終的には映画化を了承し、トルコとの合作を計画した。

2010年、田中は田嶋、和歌山県知事の仁坂吉伸と共にトルコを訪問し合作を提案したが、当時のトルコでは「合作映画はトルコ人が監督を務める」という法律が存在したため、田中が監督を務められない事態になった。これに対し、トルコ文化観光大臣エルトゥールル・ギュナイが「君がラッキーなのは私の名前が“エルトゥールル・ギュナイ”ということだ」と述べ協力を約束し、2011年には法律が改正され田中が監督を務められるようになった。また、文化観光省が後援に名乗りを挙げることになり、トルコ側の供出する製作費も当初予定の20万ドルから700万ドルに増額された。

2012年、文化観光省の働きかけを受け日本国外務省が後援に入り、2013年10月には、会談した内閣総理大臣安倍晋三とトルコ首相レジェップ・タイイップ・エルドアン(2014年8月に大統領に就任)との間で合作について議論された。田中は合作にこぎ着けるまで10回以上に渡りトルコを訪問し、最終的に1,500万ドル以上の製作費をかけて製作させることになった。

2014年1月、『エルトゥールル』の仮題で製作が発表され、同月に会談した安倍とエルドアンとの間で合作することに合意した。日本での撮影は12月から和歌山県串本町と東映京都撮影所で行われ、2015年7月からはトルコでの撮影も行われた。また、エルトゥールル号海難事故編には事件の際にトルコ人遭難者の救助に加わった串本町民の子孫がエキストラとして、テヘラン邦人救出劇編には邦人救出に向かったトルコ航空の客室乗務員の娘が客室乗務員役として出演している。

2015年1月、タイトルが『海難1890』に正式決定し、内野聖陽と忽那汐里が主演・ヒロインを演じることが発表され、同時に3月に発足する「『海難1890』を成功させる会」の最高顧問に安倍が就任することも発表された。内野は出演について、「次の世代に残すものに参加させていただきたいと、2つ返事でお受けしました」とコメントしている。また、ケナン・エジェも出演について、「両国にとって意義のある映画に出演することができて幸せ。さらに両国の友好関係を深める作品をつくりたい」とコメントしている。4月28日、トルコ映画史上初となるイスタンブールのユルドゥズ宮殿での製作発表会見が行われた。7月9日にクランクアップ報告会見が行われ、安倍・エルドアンからビデオメッセージが寄せられた。

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