二十四の瞳

二十四の瞳 (1954)

大石久子は昭和3年、新任教師として瀬戸内海にある小豆島の分校に赴任した。久子が受け持つことになった一年生は十二人で、みな澄んだ瞳をしていた。やがて久子は本校へ転任することになった。しかし貧しい村の教え子たちは、一人として望み通り進学することができなかった。戦争をはさんで島の分校に戻った久子は、そこでかつての教え子たちと再会する。

公開日
1954-09-15
TMDB
7.7 / 10 (94)
上映時間(分)
2時間36分
ジャンル
ドラマ
監督
木下惠介

キャスト

豆知識

  • 原作:二十四の瞳

『二十四の瞳』(にじゅうしのひとみ)は、1954年(昭和29年)に公開された松竹大船撮影所製作、木下惠介監督・脚本、高峰秀子主演による日本映画である。

製作

第二次世界大戦の終結から7年後、1952年(昭和27年)、この戦争が女性教師と生徒たちにもたらした数多くの苦難と悲劇を描いた原作「二十四の瞳」が発表された。

映画は、この原作同様、1928年(昭和3年)から1946年(昭和21年)までの18年間を描いている。撮影は、原作発表の翌年1953年(昭和28年)春から1954年(昭和29年)春にかけて行われ、その年の9月に公開された。

よって、原作者、監督(兼脚本)、カメラマン、美術、そして主演女優をはじめ、子役を除き、スタッフ・キャスト全員が、第二次世界大戦の戦時下を生きた人々である。

言論の自由のない軍国主義を突き進んだ日本、そして、敗戦によりそこから解放された日本、2つの時代の日本を生き、その空気感の違いを身をもって知るスタッフ・キャストたちにより制作された映画である。

壺井栄の原作では、その冒頭で舞台を「瀬戸内海べりの一寒村」としており、全ページを通じて、一切舞台の具体的な地名は出てこない。しかし、この映画では原作者壺井栄の故郷が香川県小豆島であることから、物語の舞台を「小豆島」と設定し、ロケも同地で行われた。そのためこの映画のヒット以降は、「二十四の瞳=小豆島」というイメージが現在まで定着することとなった。

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