十一人の侍

十一人の侍 (1967)

徳川将軍の弟を狙う十一人の侍!爆薬を抱いて殴りこむ空前の大名暗殺計画!「十三人の刺客」の工藤栄一監督が新しい手法で描いた時代劇巨編!!

極悪非道な大名のため主君をうたれ、敵討ちのため十一人の暗殺隊が編成された。第一、第二の決死の暗殺計画に失敗しながらも、なおも敵の大名の行列を追い続け、日光街道の山深い宿場を最後の決戦場として、命を懸けた驚くべき皆殺し作戦を決行する侍十一人。なにが彼らを狂わせたのか――!?かつてない画期的手法で描かれる集団大アクションを中心に、武士の悲劇的な側面を浮き彫りにして、時代劇の面白さ、素晴らしさを追求した野心作。

公開日
1967-12-16
TMDB
7.5 / 10 (30)
上映時間(分)
1時間40分
ジャンル
アクション, アドベンチャー, ドラマ
監督
工藤栄一
シリーズ
Kudo's Samurai Revolution Trilogy

キャスト

豆知識

『十一人の侍』(じゅういちにんのさむらい)は、1967年公開の日本映画。夏八木勲主演・工藤栄一監督。東映京都撮影所製作、東映配給。モノクロ。

製作

東映京都撮影所長・岡田茂は1966年の秋に、時代劇復興の望みを込め、「新しく三つの柱を中心に今年から来年(1967年)にかけて時代劇攻勢をかける」と発表した。

「三つの柱」とは、岡田と本社製作担当重役・坪井與の話し合いにより定められた、(1)新しいタイプの主人公による時代劇、(2)特撮を駆使した時代劇、(3)オーソドックスな東映時代劇の3路線のことである。本作は(1)型の時代劇として、夏八木勲主演・五社英雄監督によるアクション時代劇『牙狼之介』とともに、「現代劇にもつながるアクションとスピードを見せることで、スポーツ的な爽快感を観客に感じさせねば」という岡田のコンセプトに基づき、「集団抗争時代劇」路線を延長させた形の「新時代劇」として企画された。

東映京都はのちに上記(2)タイプとして『ワタリ』を、(3)タイプとして『一心太助 江戸っ子祭り』、『銭形平次(大川橋蔵版)』を製作した。岡田は他に「監督未定で『大逆臣』を企画している」と話しているが、製作に着手されたかは不明である。また、この時に発表された企画以外の時代劇路線の広がりは結局なかった。岡田はのちの一時期、時代劇路線の撤廃に着手し、1976年12月の『映画ジャーナル』のインタビューで「時代劇に固執するものは一人もいらないんだ、どこか他で撮ってくれ、という勢の大きな嵐なんだ(略)思い切って時代劇にとどめを刺した」と語っている。

刺客団が大名暗殺を企てるシーンの撮影は、寒い日に毎日伏見の土手に通い、消防ポンプで大量の雨を降らせ続けての命懸けのものであったが、監督の工藤に人望があり、役者たちも熱意があって誰も文句を言わなかったという。

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